たまたま雑誌を開いていたら「ベトナム」ホーチミン市(旧サイゴン)の写真、随分カラフル、色鉛筆が並んだようなペンシルビルがズラリ、幅が1間(3.6m)ほどですが、でもなぜこんなにビルばかりなのでしょうか。
以前私はJICAの専門家としてベトナムのハノイに近郊に滞在していましたが、ハノイは旧北ベトナムの共産国、ここは確か一世帯に間口の割り当てがあり、間口がせいぜい3m程度で2階建てが多かったような気がします。
ベトナムは今では北も南もありませんが、旧サイゴンもこのような割り当てがあったのでしょうか。
ホーチミン市で思い出しましたがホーチミンさん、ハノイの記念館で彼の遺体を見ました、昔し、共産国では流行りましたね、偉大なる指導者の遺体安置博物館、なにか廟とかなんとかのネーミングでしたが、レーニン、スターリン、毛沢東、金日成、そして、ホーチミン、でも、取り払われた人物も多々、偉大なる指導者も時代が変われば評価が変わりますからね。
わが国の菅さん、私の事は歴史が判断するとおっしゃいましたが、昨今の評判はいまひとつですね・・・