今の若者には就職、結婚すべて難関、かつて、一億総中流といわれた時代が懐かしい思いがするが、その総中流時代到来の僅か数年前まではあの「おしん」の時代でもあった。すなわち、総中流を体験したもう定年が始まっている団塊世代以上の年代の多くの人々は、貧しい日本での少年少女時代を送った年代である。
この世代は学門もままならず大学はおろか、中卒で集団就職、わずか15,6歳で親元を離れ、職場環境も整わない町工場で夜通し働き、世界第二位の経済大国の底辺を支え、その結果が一億総中流の社会を作り上げた。
しかし、その後の政治の不毛の時代と「官僚の官僚による官僚のための治世」が現在の硬直な、一方では消極的、退廃的な社会を形作ってしまった。
中東のネット革命は独裁者による硬直な社会を打破しようとする命をかけた行動であるが、「打倒独裁者」である意味分かりやすい構図であるが、日本の場合硬直な社会を打倒とするとすれば、エセ議会制民主主義と今日にも至る官僚支配の打倒であろう。
日本の場合形ばかりであるが議会制民主主義、しかし国民の代表であるはずの議員のほとんどが官僚側に手なずけられており、例えば国家予算の大半を高額な公務員の給料に浪費されているような状況をも変革出来ない。従って、硬直な日本の現状を打破するにはまず打倒エセ議会民主主義となってしまう。
今、大阪府、名古屋市、阿久根市などで議会制民主義にはびこって甘い汁を吸っていた職業議員たちが白日の下の晒され右往左往しているが、日本の場合、まず、このエセ議会制民主主義を打倒し本当に官僚から治世権を国民にに取り戻なければ再び太陽が昇る経済・社会は来ない。このためには拳銃や戦車はいらずただ国民一人一人の投票行動により可能となる。