今朝、作家の丸谷才一さんが和歌、俳句からみた人間の死ぬ時の心構えを話していた、丸谷さん、長編小説の他、なかなかウェットに富んだ文章も多く書いた方ですが、1925年(大正14)年、鶴岡に生まれもう人生86年とか、教養の深さと長い人生ですからなかなか含蓄がありますね・・

西洋人では、ゲーテの「もっと光を」や古代ローマの大英雄、ユリウス・カエサルの「ブルータスお前もか」が有名ですが、日本人はもっと深い歌や俳句をのこしていますとのこと、

確かに、丸谷さんが紹介した柴田勝家の「さらぬだに打ちぬる程も夏の夜の 夢路をさそう郭公(ホトトギス)かな」とお市の方の「夏の夜の夢路はかなき跡の名を 雲居にあげよ山郭公」天守閣が燃え死を目前としている状況で、こんな優雅な歌を残すなんて考えられないくらい凄い、時に、勝家61歳、お市の方37歳。

また、井原西鶴の「人間五十年の究まり、それさえ我にはあまりたるに ましてや 浮世の月見過しにけり末二年」、平均寿命より2年も多く生きられたことへの感謝、また芭蕉は誰でも知っている「旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる」死の四日前に歌ったそうですが・・・

今の私たち、長生き過ぎて体は肥満、アタマの方も脳軟化症になりボケる確率も高く、後世に読まれ人を感動させる歌を読める人は万人どころか千万人に一人もいないかもせいれませんね。

人を感動させる歌は無理でも、周りの人の迷惑にならないようにせめて、「老い支度」だけは体の動くうちにやっておかないとね、これが現代人の死するため教養でしょうか・・