青森と言えば自然の美しさと自然の恵みを得られる「北のまほろば」ですが、東京からの交通手段と言えば長い間「鉄道」が主要な手段でした。そして、多くの旅人を運んだのが「東北本線」、津軽海峡を「青函連絡船」で渡り北海道、昔はさらに樺太へ、なかなか旅情を掻き立てる路線です。
今日、ラジオを聞いていたら、その東北線は1891、今から119年前の今日開通した日だそうで、東京から青森までは26時間ほどかかったそうでが、青森出身の太宰治さんや棟方志功さん達を始め、多くの旅人が「奥入瀬の渓流」や「ねぶた」さらには「津軽海峡の冬景色」を見にこの路線を利用したでしょうね。
なお、もうすぐ開通する新幹線の所要時間が4時間であると当時の人が聞いたら「鉄道も空を飛ぶのか」とでもいうでしょうか?
1891年は明治24年、、当時の日本の状況は富国強兵の国是で邁進ており、明治27年には「日清戦争」はが始まっています。
あるい意味、過去の日本が整備した鉄道という社会基盤ほど有効なものはなかったような気がいたします、費用対効果を算定したら100を超え1000にもなるでしょうか。
これに比べれば最近の社会基盤は、政と官とさらに土建業界も絡んだ公共事業が多くなってしまい、費用対効果はゼロコンマ以下のものが多く、長い間税金をどぶに捨てるようなことをしてきました、結果、有効求人倍率がゼロコンマ以下の「日本列島冬景色」とでも言える「日の沈む日本」となっています。
今、菅、小沢の戦いが始まっていますが、日本再興をする政策を構築することがなによりも急がれています。