昨日は渡嘉敷島阿波連(アハレン)で海水浴、フェリーや高速艇が着く渡嘉敷港周辺は砂浜がなく、この島では阿波連か渡嘉志久が海水浴場として利用されている。中でも、阿波連には渡嘉敷港からのバス連絡があり、沢山の民宿があり海浜には監視員もおり海水浴として最適。
一人で波に浮いていると平和そものの、しかし、この島も戦時中は日本陸軍の人間魚雷の基地、百隻の舟艇と特攻隊員130人、整備員120人、防衛隊員70人、朝鮮からの強制連行者220人、そして、住民700人がいた。
軍は陸上で戦う作戦に変更、舟艇を爆破、兵は壕に引きこもった、米軍の降伏勧告を届けた伊江村民が日本兵により銃殺、そして、集団自決命令、渡嘉敷島で325人、座間味島で660人、計925人が犠牲に、戦後、この責任はだれも取らず、そして、沖縄県に新しい基地建設をと・・あのベトナム線の1968年におこったソンミ事件でも犠牲者は504人、その後、指導者は起訴されましたね、しかし、日本はそんなこともなし軍人年金をもらって余生を謳歌、ほとんど狂っていますね日本!
美しい波間から聞こえる潮騒は犠牲者の声のようにも・・