1972年に沖縄が本土復帰して今日で38年となります、復帰時の琉球主席は屋良朝苗さんでしたね、なんでも、即時復帰派が革新の屋良さんで、反復帰派は自民党の西目順冶さんだったが、選挙戦で沖縄県民の即時復帰を望む声に押されて屋良さんが主席に当選したそうです。しかし、自民党はなぜ即時復帰を望まなかったのでしょうか?。
たまたま昨日、復帰後15年の1987年に収録した屋良さん80歳の回顧録を見ました、沖縄復帰時の苦難の状況を話していましたが、復帰しても基地が存在していることについて、本土復帰はまだ未完成のまま、これから時間をかけて基地を撤去したあかつきに、はじめて沖縄の本土復帰が完成することになると話していたことに感銘を受けました。
しかし、民主党に政権が交代しても沖縄に基地を新たに建設しようとしています、日本国の為政者が国民の声を反映して基地をなくすことに真剣に取り組めば可能なはずなのに、屋良さん、天国でどのように思っているでしょうか。
38年前、沖縄復帰を望み沖縄北部の辺戸岬に県民が終結し涙ながらに歌った「沖縄を返せ」の歌、当時、私は東京に住んでいましたが、青年達の集まりでも必ずこの歌を歌いましたが、今沖縄では再び歌われています。
屋良さんの話から、基地がなくなって初めて沖縄の本土復帰が完成するのだと思えばこの歌もまだまだ歌い続けなければならないですね。
「沖縄を返せ」
| 固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ 我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ 我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は 沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ 固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ 我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた 沖縄よ 我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は 沖縄を返せ (返せ) 沖縄を返せ |