沖縄とは日本にとって一体何なのか、そもそも沖縄県の英語の呼び名は Island Government らしく、県を意味する Prefecture ではないのに驚きます。戦後のアメリカ統治時代の名残なのでしょうか、日本の一部を意味する Okinawa Prefecture では戦後のアメリカ占領が正当化されなかったのでしょうか?
また、1971の新川明氏の反復帰論では、「私たちの存在(沖縄)は、そこで、国家としての日本にとって深く体内に射こまれ毒矢となり、極めて悪性の腫瘍となるどだろう、あたかも壊疽のように、国家としての日本を内側から腐蝕し、これを爆破する可能性を持つ地域となるだろう」(2010.5.14、琉球新聞落ち穂崔真硯氏投稿)
今の沖縄普天間問題を見ていると、この新川氏の予測が当たっているような気がいたしますが、江戸時代の過酷な薩摩からの搾取を受け、また、明治以降も第一次琉球処分、第二次琉球処分など沖縄にとっては、日本というオオトカゲのしっぽにも似た扱いから、ヤマトへの帰属ということはただドライに金のやりとりでしか出来ないという沖縄人の心を垣間見る気がいたします。
最近、全国知事会で大阪府の橋下知事を先頭に、沖縄の負担を分かち合おうという意見もちらほら聞かれるが、鹿児島県の徳之島という具体的に地名が挙がった瞬間からその地域の知事及び首長から反対との意見が出ることを見ても、まだまだ、負担を分かち合うという意見はポーズにしかすぎないような感じもいたします。
亜熱帯、常夏のオキナワ、しかし、薩摩、ヤマト、そしてアメリカという国の長い圧政を経てその心はもうどこにも帰属しない心となっていることは事実です。