内閣府が27日に発表した国民の「幸福度」についての意識調査で「自分は幸せ」と感じている人の割合は30代の61%をピークに年齢とともに低下し、70歳以上では44%にとどまっている。男女別では女性が11ポイント上回っている。
幸せの尺度は難しいが、若い人は雇用や子育てが判断材料でしょうし、また、高齢者は年金、医療体制が判断材料と思うが、しかし、昔から幸せは「山の彼方の空遠くに・・・」あるらしく、簡単に手に入るものではなさそうである。
古い唐の時代に時代に「杜甫」は七言古詩「百憂集行」の中で
憶年十五心尚孩 憶ふ年十五にして心尚ほ孩なり
健如黄犢走復來 健やかなること黄犢の如く走り復た來る
庭前八月梨棗熟 庭前 八月 梨棗熟せば
一日上樹能千回 一日樹に上ること能く千回なり
即今倏忽已五十 即今 倏忽として已に五十
坐臥只多少行立 坐臥のみ只だ多くして行立少し
強將笑語供主人 強ひて笑語を將(もっ)て主人に供し
悲見生涯百憂集 悲しみ見る生涯に百憂の集るを
入門依舊四壁空 門に入れば舊に依って四壁空しく
老妻睹我顏色同 老妻の我を睹る顏色同じ
痴児不知父子禮 痴児は父子の禮を知らず
叫怒索飯啼門東 叫怒して飯を索め門東に啼く
と歌い、50歳を過ぎてからはもう人生もつまらないものであるとしている。
ただフロイトは
「幸福を求める様々な手段の中で最も目的に近い方法、それはあらゆるものの中心に愛を置き、愛し、愛されることに全ての満足を見い出すという方法である」としている。
昨年の大河ドラマで米沢藩の「直井兼次」の「愛」のカブトが有名になったが,
どうも、幸せの中心は「愛」であることも古今東西普遍のものでもあるらしい。
そういえば鳩山家の家訓も「友愛」と愛が入っていますが、鳩山一族は幸せらしいが、国民までには届きそうもありません。
私たちは私たち自身でもう一度「愛」を取り戻したら幸せになりそうですね。