タイの反政府デモで日本人カメラマン村本さんが犠牲となった、以前も、ミャンマーの反政府で日本人カメラマンが犠牲となったが、世界的なフォトジャーナリストにベトナム戦争でピューリッツァー賞を受賞した沢田教一さんがいる。沢田さんの写真は確か青森市の三内丸山にある青森県立美術館にも有ったと思うが、川を渡る母子達の写真は世界に衝撃を与え、戦争当事者のアメリカにも反戦の機運を巻き起こす契機ともなった。

戦時中に艦船が空襲を受けた時に、兵士たちもが艦内に非難をしているとき、報道カメラマンだけが果敢に空を見上げてシャターを押し続けたといわれていますが、報道カメラマンの勇気とはどこからくるのでしょうか、

沢田教一さんも1975年(S45)10月28日にインドシナ取材の帰路、カンボジアの国道2号線上でクメール・ルージュに狙撃され殉職(35歳)した。

沢田さんも始めからフォトジャーナリストになろうとしたわけではなく、様々な経緯で報道写真家となったが、職業ととは凄いもので、その神髄に触れると世界史にもなお残す人にもなることを示している。