最近、検察官の取り調べ中の「可視化」が話題になり、国会では議員立法で法案を提出しようとする動きがある、検事の強引な取り調べで過去にも冤罪事件が多発しているが、最近、有名なのは「足利事件」の菅谷さんの例がある。
菅谷さんは「強引な取り調べで肉体的、精神的に何の抵抗もできない状態、無実の罪をかぶることよりも、目の前の苦しみから逃げたかった」と語っており、取り調べのすさまじさを垣間見る気がする。この他最近でも、富山県の強姦事件、鹿児島県の選挙違反ねつ造の「志布志事件」などあるが、過去の「帝銀事件」も冤罪であることは大方の一致した解釈である。
帝銀事件はとは、今から62年前の今日、すなわち、1948年(昭和23年)1月26日に東京都豊島区の帝国銀行(後の三井銀行:現在の三井住友銀行)椎名町支店で発生した毒物殺人事件であり、数々の出版物でこの事件を知る人は多いと思うが、犯人とされた画家の平沢さんは一生を刑務所で過ごした。しかし、松本清張の「帝銀事件」にあるように強引な取り調べと、無理な証拠を並べて平沢さんを犯人としたこの事件は、今日であれば菅谷さん同様必ず再審で無罪の判決を得ることができたのではないだろうか。
先進各国ではすでに取り調べの「可視化」があたりまえの状況にあるが、わが国でも是非取り入れ、これ以上の冤罪を防ぐ必要がある。