神を信ずるか否かは人それぞれで、日本は「イワシの頭も信心じから」ということばがあり、イワシの頭のようなつまらないのもでも信仰すれば非常に尊いものになるという、ある意味、宗教とはどうしょうもない難しいものだとのことも意味しています。

今回、北海道の砂川市で市有地を「空知太神社:そらちふとじんしゃ」に無償で使用させているのは政教分離の原則に違反するかどうかの最高裁判所の判決があったが、「特定宗教の特別の便益を提供し援助していると評価されてもやむを得ず、特権の付与に当たる」として憲法違反と判断した。

ただ、もともとは神社があった地元住民の私有地が砂川市に寄付されたものであり、議会が無償利用を認め、その後に同じ敷地に町内会館が建設され、神社は会館に移されたもののようであるので、考えようによっては何も訴訟をするほどのことはないと思うが、元教員のキリスト教徒には許されがたいものと、訴訟に及んだようだ。

(しかし、こんな教員に学んだ児童生徒は、ずいぶん窮屈な思いをしながら学んだのではないかと、人ごとながら思ってしまう)

また、同じ裁判で、砂川市が「豊平人神社」の建つ別の市有地を地元住民に無償で譲渡したことは、合憲との判断だったようです。

わが国は宗教にあまり執着しない国民性?であったのか、前段のようなケースが多分1,000以上あるとのこと、日本古来の神道が気に入らない他の宗教の信者が訴訟をしたら、何百年も続いた祭礼も出来なくなる事も考えられ、地元の氏子もうかうかしていられないような状況が起こりそうです。

世界を見ても紛争の多くは宗教から、もう、狂信的というか原理主義者は世を住みにくくしますね。