今朝のNHKニュースで失業と同時に路上生活になる若者を報道していましたが、若者を取り巻く「情」の薄さに愕然としてしまいます。番組から失業と同時に路上生活になってしまう大きな原因に、人間が社会生活を営む最小の集団、すなわち、「核」のはずの「家庭」がもう消滅しつつあるのかと思ってしまします。

私自身子育ては終わっていますが、それでも、いつも自分の家族のことは気にかかり、鳩山さんのお母さんのように、お金ではないが「親が子供を助けるのは当たり前」という考え方を持っております。

従って、家族の誰かが何か迷うようなことがあればアドバイスをするでしょうし、住む家がなければ一緒に住まわせると思う、都内で路上生活をしている若者を見ていて、この人の親は一体どうしているのかなどと考えてしましますが、親も子供の面倒をみる余裕が無いのかもしれません。

人間この世に生まれて、様々な困難に出会い挫折する人も出ると思うが、最近はなにか税金を使って面倒を見ることが「善」であるような風潮ですが、しかし、全てを公的に面倒を見ることは出来ないと思います。

中世は戦乱、旱魃などで多くの餓死者が出るすさまじい世が続き、来世に望みをかけるような宗教が盛んになりましたが、歴史に残るような宗教家もそのような事態には直接手をさしのばたわけでなく、「来世の冥福を祈る」しかないと弟子達に教えています。

地獄の沙汰も金次第ということわざがありますが、やはり富の偏在が社会を悪くしています、「友愛」よりも税制を抜本から改革し、かつての「一億総中流」の国創りを目指した方がいいのではないでしょうか。