沖縄戦はご存じのように敗戦直前の日 米の激戦で多くの兵隊とそして一般住民が犠牲となり、この魂を慰めるため糸満市には全国各県の慰霊碑が建てられている。
そして沖縄ではこの夏ころからいわゆるホームレスの人を雇う「緊急雇用創出事業」として沖縄戦での犠牲者の遺骨を発掘する事業を行っている。これも地上戦があった沖縄という特殊事情で考えられた雇用創出であるが、このことにより65年間も地中で眠っていた戦争犠牲者の遺骨、遺品などが発掘されている。
今回の緊急雇用創出事業で、青森県出身の「渡辺正治」とセルロイドに書いた手製の認識表が見つかったと報道されている。
この記事を読んで、あの北国の青森県からこの南国の沖縄に派遣された渡辺さんは、最初は気候の違いには随分戸惑ったろうなと思い、また、あの激戦のなか美しい津軽富士や、赤いリンゴそして白一色の冬などを思いながら洞窟にこもり、そして最後は故郷の母を思いながら亡くなったのではないかとこの認識表の報道から彼の短い一生に想いをはせた。
戦争が無ければ彼はこの南国に来ることもなかったろうし、多分あの美しい青森で生涯をとじたかもしれないが、たくさんの子や孫に囲まれた幸せな一生を送ることが出来たであろうに、戦争とは本当にむごいことである。なお、認識表には「か」と「ヨ」とも刻まれているらしいが、お母さんの名前なのか、恋人の名前なのか、あるいは愛する妻や子供の名前なのか・・・