実の両親は、私を1人の人間として愛してくれませんでした。
今現在も、両親は正しい親子関係が気づけていないことすら気づいてないでしょう。

そんな私も、“彼”に出会って心身共に安定しました。 
アパートで2人、一緒にご飯を食べ、ニコニコ動画でゲーム実況を見る、彼のギターの演奏を聴く、彼の作ったパスタを食べる。
車で少し大きめの店に行き、一緒に映画をたくさん見ました。
その頃は3Dの映画が流行っていて、3Dメガネでたくさんの映画を観て。
2人で最初に見たのはトイストーリー3。
今でも覚えてる。

2人で笑って、話して。
彼と半分こして食べる予定の抹茶プリンを残り全部食べられたけど、それもいい思い出。

私が彼を愛し、彼も私だけを愛してくれる。
愛されてる。
その実感があったから、不安も恐怖も何も感じなかった。
楽しくて、毎日幸せになった。
必要とされてる人間なんだなって、生きてることを実感できた。
親からの愛情が足りなかったこと、忘れるくらい幸せだった。

でも…何故かな。
やっと大好きな彼と結婚できたのに、体調が悪化した。
新しい土地、新しい生活、新しい環境、新しい交通手段。
何故か全てが、私にとって刃のように苦しめてきた。
病院に通うようになった。


ある時実家に帰ったら、幼なじみも親子で帰省していた。
久しぶりに会ったら7ヶ月の赤ちゃんのママになっていて、その赤ちゃんがなんとも言えぬ可愛さだった。

赤ちゃん…。
私は両親にされた精神的虐待の記憶がある。
こんな思いをするのは私だけで十分だという気持ちもあり、子供を産まない生活も考えていた。

でも、あの赤ちゃんに会った経験が全てを変えた。
本当に全て。
私の体調も変えた。
生活も変えた。
こんなはずじゃなかった。
今戻れるなら、会うべきじゃなかった。

思ってしまった。
我が子なら、私を誰よりも必要としてくれて、愛してくれるのではと。
私が存在する意味ができるのではないかと。
期待してしまった。
でもそれが間違いだった。

自分の子どもだからと、母親ばかりを欲するわけではなかった。
私にはそれが耐えられなかった。
体調の悪い私の変わりに我が子をお世話をしていた義母。
我が子は誰よりも大好きになっていき、私が抱きしめても泣く現実に落胆した。
子どもにすら必要とされてない。
そう思った。

いつからか、我が子を見ると昔の自分と重なるシーンが増えていた。
我が子は笑ってる。
でもその横に、今にも泣きそうな顔をした昔の自分がいることに気づいた。

「我が子は笑ってるのに、どうして私はあの時(実の両親に)ああいう仕打ちを受けたのだろう」

重なるシーンは増えていき、その度に自分を苦しめていた。
体調は悪化を辿るばかり。
今もそう。
横になって寝て、運んでもらった食事を食べる。
それだけ。
心がしんどい。
誰かに慰めてほしい。

親から受けるはずだった愛情を、
誰か変わりに授けてくれないかとひたすら求めてる自分がいる。

主治医曰く、それは「亡霊」らしい。
過去の亡霊を追っても何もならないから、そういう思考になったら抜け出したほうがいいと言われた。

わかってる。
わかってるけど、気づけば亡霊に取り憑かれ、抜け出せなくなっている自分がいる。
自分の力では抜け出せない。
私はただただ、ありのままの自分を愛して欲しかった。
生きてていいんだよって、言って欲しかった。