聖域
古いブログ友
が載せていた記事を拾わせていただきました(むこうが友と思ってるかどーかはギモンですがw)
栓をきっちり閉めたペットボトルの中で永遠に生き延びる存在。
無菌室で仕込まれたペットボトルの中で永遠に生き延びる存在。
無菌室で仕込まれた存在は、外の世界とは全く無縁で、
ブルーな黄昏も、茜色の朝焼けにも気付かず、
ただボトルの中の存在として生き続ける・・・。
風を感じることもなく、たまに揺れながらも、
何故揺れているのかさえわからないまま・・・
そして自分が永遠の存在であることも知らないで、ひたすら生き続けるのだ。
降り積もった白い雲が醜さも寂しさも切なさも哀しみも、全てを覆い隠してくれると思ってたのに・・・。
いつの間にか、汚れた土色に染まって誰も見向きもしなくなるんだ。
ピュアなんて何のメリットもない。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
小さい頃、他界した祖母がつけていた結婚指輪は丸みのある少し幅広なものだったけれど、
長い歳月のため歪んで文字通りボコボコになっていた。
思えばあれは純金だったのだろう。。。
でも純金は傷や変形しやすいため、石をはめ込むには向かないので混ぜものをすると丈夫になる。
人も、生まれたときの無垢な心から成長とひきかえに少しずつ擦り傷がつきくすんでいく。
そんな自分を時には嘆くこともあるけれど
私は今の古傷、擦り傷だらけの心が好きだ。
自分の汚い部分をよくわかっているけれど、でもピュアな部分も大切に持っている。
感動したり、想ったり、信じたり・・・
それはピュアな部分というより、自分の中の聖域というものかもしれない。
誰にも汚せない部分というかな。。。
染まったり、汚れることで馴染んだり強くなれる。
そしてピュアな聖域も持ち続ける。
だから私には、どちらも必要。
家の中で生まれたペットが家の中しか知らずに一生を終えたとしても
それは不幸せではないかもしれない
そのペットには飼い主の愛と家の中が自分の知っている全てなのだから
外で生きてきたものを家の中に閉じ込めるのは不幸せだと思う
そして私は幸せだ
もっともっと幸せになろうという希望を持ちつづけれいられるのだから