今日、阿久比町で講演をさせていただきました。
休憩中と講演が終わったあと、ある年配の方から声をかけていただきました。
その方は、幼い頃から身体に障害を抱えながら生きてこられたそうです。
ご自身が子どもだった頃の話をされたあと、
「不登校は贅沢病だ」
と話されました。
正直、返す言葉が見つかりませんでした。
腹が立ったというより、簡単には言い返せなかった、というほうが近いと思います。
身体に不自由を抱えながら、今とは違う時代を生きてこられたこと。
僕には計り知れない苦労を、長く重ねてこられたのだと思ったからです。
別れ際には、
「これからも頑張ってね」
と声をかけてくださいました。
僕を傷つけようとして、話されたわけではないのだと思います。
それでも講演が終わったあと、心にはモヤモヤが残りました。
自分が学校へ行けなかった9年間は、ある人から見れば「贅沢」や「甘え」に見えるのだと、あらためて感じたからです。
ただ、僕は昔から、
「不登校は甘えではない」
と強く言い返したい気持ちがあるわけではありません。
学校へ行けなかった当時の僕自身も、
自分は甘えているのではないか。
わがままなのではないか。
もっと頑張らなければいけないのではないか。
と、何度も考えていました。
だから「甘えだ」と言われたら、心のどこかで、
「・・・・そうとも言えるのかも」
なんて、思っていた気がします。
でも当時の僕にとっては、贅沢だったのか、甘えだったのか、わがままだったのかなんて、どちらでもよいことでした。
学校で過ごすことが苦しい。
そこにいることができない。
朝になると体が動かない。
自分の中にあったのは、その感覚だけでした。
「甘えだ」と言われても、その苦しさがなくなるわけではありません。
反対に、「甘えではない」と言ってもらえば、学校へ行けるようになるわけでもありませんでした。
僕は、不登校がどれほど大変なのかを、世の中に訴えたいわけではありません。
自分の経験のほうが、誰かの経験よりもつらかったと言いたいわけでもありません。
ただ、
「学校へ行けない子どもの中には、こんな気持ちもあります」
と知ってもらいたいのだと思います。
本人にも、なぜ行けないのか分からないことがあります。
言葉にできないまま、罪悪感や不安を抱えていることもあります。
外から見れば「甘え」に見える姿の内側に、本人にも説明できない苦しさがあるかもしれません。
今日お話しした方が歩んできた人生を、僕には知り尽くすことができません。
同じように、学校へ行けなかった頃の僕の感覚も、経験していない人にすべて分かってもらうことは難しいのだと思います。
伝えることは、やっぱり難しいです。
これから講演を続けていけば、今日のような言葉を受け取ることも、またあるのかもしれません。
そのたびに、すぐに答えは出せないと思います。
それでも僕は、
「違う」と言い返すためではなく、
「こんな気持ちもありました」
と、自分が知っていることを話していきたいと思います。
誰かにとって、それまで見えていなかった気持ちを、ほんの少し想像するきっかけになればと思っています。
今日の出会いは、あらためてそのことを考える時間になりました。
本日の講演会のご案内です。
ご参加くださった皆さま、関係者の皆さま、ありがとうございました。
これからの一般参加可能な講演予定も、こちらにまとめておきます。
必要としている方にも、そっとご紹介いただけましたら嬉しいです。
今回書いたことと同じように、僕は漫画でも、自分には見えない誰かの気持ちをテーマに描いていければと思っています。
家族を事件で失った方のその後を描く漫画『ひみつ』を、コミックバンチKaiで連載しています。
よろしければ、こちらからお読みください。
▼『ひみつ ―佐世保事件で妹を喪ったぼくの話―』





