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韓国らしいソウル

ソウルの宮、そして王宮守門将交代儀式!

ソウルの4代宮についてご存しですか?

私はサポーターズをする間に4代宮に一度ずつは行ってみようと思っています。

その前に簡単な情報を探してみました。


ソウルには宮、昌德宮、昌慶宮、德壽宮、慶熙宮、雲峴宮など宮がありますけど、

その中で法宮(正宮)だったのは宮、昌德宮、昌慶宮、德壽宮であり、これらを4代宮と呼びます!


宮(キョンボッグン)、昌德宮(チャンドッグン)、昌慶宮(チャンギョングン)、德壽宮(トッスグン)



各々(1395年)昌德宮(1405)昌慶宮(1541)德壽宮(1500年代)に立てられました。

が王宮であったが、昌德宮、昌慶宮が王宮になれた。

それが19世紀にはまたが王宮になり、大韓帝国の以来他の宮がその機能を失い4德壽宮だけが王宮として残ることになった。


* 法宮(正宮) - 王が住する宮=王宮



じゃあ、建築の順に沿って見てみましょうか!


1. 宮(キョンボッグン)

 興禮門(フンレムン)


 朝鮮の首都を漢陽に、法宮を景福宮に

朝鮮の太祖李成桂は1392年高麗を崩し、新しい国を建国した。高麗の首都は開京(今の開城)であったが、朝鮮を建国して首都を漢陽(今のソウル)に移した。朝鮮の首都漢陽に初めて建てられた宮廷が‘景福宮’である。景福宮は1395年完工され、王が住み政治を行なった朝鮮最初の法宮であり、正宮だった。


◎ 壬辰倭乱の時、大火によって焼失した景福宮

1395年初めて建てられた景福宮は1592年壬辰倭乱の時、大部分の建物が燃失した。歳月が経つにつれ周辺国家で朝鮮を虎視耽々狙う事態が発生、朝鮮の力の強さを見せるために高宗2年に興宣大院君が朝廷の反対を押し切って景福宮の規模と面貌を創建当時の状態への再現を強行、1865年頃、再建された。景福宮の再建は4年にかけて続いたが、その規模が大きく国庫を使い尽くすほどになった。このようにして完工した景福宮は宮城の長さが1,762間で大きい規模であり、門は光化門、建春門、迎秋門、神武門の四大門が改築された。宮城内の殿閣は7,225間があり、宮城外の後苑には489間の殿閣がある。しかし、日帝強占期にほとんどの建物を撤去して、勤政殿などの極一部の中心的建物だけ残り、朝鮮総督府庁舎を建てて宮廷自体が見えなくなった。幸い1990年から本格的な復元事業が推進し、総督府建物を撤去して興礼門一円を復元し、王と王妃の寝殿、東宮、乾清宮、泰元殿一円の姿を取り戻している。


行き方及び観覧時間

電車、地下鉄

3号線キョンブッグン駅5番出口徒歩5分

5号線クァンファムん駅2番出口徒歩10分


住所

ソウル特別市鍾路社稷路22番地

02)3700-3900~1 


観覧時間

期間

出札時間

観覧時間 

3月~10月

午前9時~午後5時

午前9時~午後6時 

11月~2月

午前9時~午後4時

午前9時~午後5時 

 5月~8月

 休日および祝日は午後7時まで(出札は6時まで)

毎週火曜日は休み


9月9日、守門将サポーターズの発足式がありました。

皆が集まる初日だったんですけ、場所は雲峴宮(ウンヒョングン)!!


(ウンヒョングン)


興宣大院君李昰應(イ・ハウン)の私邸であり、

朝鮮王朝第26代王である高宗の潜邸(*国王が即位する前に暮らしていた私邸)であります。


近現代史の重要な人物の興宣大院君、高宗、明成皇后まで関わっている

歴史的に重要な場所なんです。


でも、私は 雲峴宮がどこにあるのか、どうやって行くのか正確に知らなっかたため

位置と行き方を検索しました。


雲峴宮に行くためにはいくつかの方法はありますが、

迷わないため’安国’駅で降りました。四番出口を出て左側に見える建物が 雲峴宮



 周辺および雲峴宮の略図 (NAVER提供)

 住所および連絡先
    ㆍ住所 : [110-350] ソウル特別市鐘路区三一大路464
    ㆍ代表電話 : 82+2-766-9090
    ㆍ FAX : 82+2-742-3900 

 公共交通情報
    ㆍバス : 鐘路02 / 6011 / 109 / 151 / 162 / 171 / 172 / 272
    ㆍ地下鉄 : 3号線(安国 - 出口 4) / 5号線(鍾路3街 - 出口 5)


発足式の始まりが5時なので少し早めに行って 雲峴宮を回るつもりだったけど、

何となく時間が余らなくて丁度5時に着きたせいで、写真一枚取れませんでした...

発足式の日、 雲峴宮は毎週日曜日に開く”雲峴宮芸術広場”の最中でした。


ウンヒョングン’雲峴宮芸術広場’の詳しい情報は雲峴宮のホームページの(www.unhyeongung.or.kr)

イベントプログラムで確認できすま。


○ 行事名 :  雲峴宮芸術広場 
○ 期間 : 2012年 9月 2日(日) ~ 10月 28日(日) 毎週日曜日
○ 時間 : 16:00 ~ 17:30 
○ 場所 : 雲峴宮の舞台
○ 内容 : 伝統文化の芸術公演
○ 費用 : 無料

 행イベント1時間前から無料で入場することができます。 雨天の時にキャンセルされることがあり、食べ物の搬入は禁じされます。状況によって日程やブログラムなどが変更できます。

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思ったより長くなる雲峴宮芸術広場のため少しは滞ってかしましい発足式だったのだが、

チーム長、先輩たちおよびマネージャの熱い説明と

16人の熱いサポーターズのおかげで発足式は仕上がりが良かったです。


写真は’二老堂’で行われた写真です。(ミョジンさんからもらった写真

私のみが大きく出ましたよね...

この発足式を手始めて4ヶ月のサポーターズの活動が始まりました。

2期のサポーターズの皆、頑張って下さい!(特に1905頑張れ!-うちのチーム)






次は見まわれできなっかた雲峴宮の情報です。

今度行く時はきちんと知ってちゃんと見回すつもりです!



雲峴宮はこんな構造です。

雲峴宮芸術広場は’展示館’と’守直舎’の間で開いていまして、発足式は’二老堂’で行われました。

 

雲峴宮は1. 守直舎、2. 二老堂、3. 老楽堂、4. 二老堂で分かれています。


 

雲峴宮の正門右側にある建物で、雲峴宮の警備や管理の業務を担当する者たちが暮らしていた場所だ。高宗の即位後、興宣大院君の居所であった雲峴宮の規模がかなり拡大し、興宣大院君の権力が強力になり警護が必要になると、宮から警備兵が派遣され、管理人が増えたという。現在、守直舎の部屋の中は、火鉢・家具・灯火などの生活用品で、当時の姿が再現してある。


老安堂は興宣大院君が住しながら、国政をつかさどった場所です。


 
老楽堂は雲峴宮で一番大きい建物で明成皇后が花嫁授業を受けた場所でもである。


二老堂は女のみが住んでた建物で建物の形が’ロ’に似ているのが特徴です。


 営業時間

     ㆍ夏季の営業時間 : 9:00~19:00 / チケット購入の締め切り 18:30 (4月初~10月末)
     ㆍ冬季の営業時間 : 9:00~18:00 / チケット購入の締め切り 17:30 (11月初~3月末)

     ※ 毎週月曜日は定休日です。 (但し、月曜日が休日・祝日の場合、火曜日に休館します。


もっと、詳しい情報は雲峴宮のホームページで(www.unhyeongung.or.kr)