そもそも、私は遠い遠い昔・・・

何か文章を書く仕事がしたかったんだよね。詩とか歌詞とか書く人に憧れてた。

木を見て花を見て感動する気持ちを、日々胸に込み上げる気持ちを、柔軟に言葉に変換できるお仕事ってなんて綺麗で美しくて尊いんだろうって思って(;_;)


前ね、そういう道も調べてみた。
でもね。
作詞とか、そういうお仕事って流動的な社会のニーズに応えていかなきゃならなくて。それはお金にするため。生きていくため。仮に、意味のわからない言葉の羅列でトンチンカンでも曲にマッチして大衆に受ければ利益を生む。 とってもイメージとは違う厳しい世界。現実から少し逸れた場所にある大切な部分を言葉に、なんて言ってられない。多角的に現実に向き合わなきゃダメ。

あと。

五十音じゃ表現出来ない心を知った。頭で考えても心を表現出来ない瞬間。
否、表現する必要の無い瞬間があることがわかった。心が感じることが、大切すぎて愛し過ぎて言葉にもできない時があるんだね。

まぁ結局は。
大きくなって、私も現実的に物事を捉えるようになっちゃいました、てこと。
心だけじゃ前に進めない。人生の保険をいつも探して虚無感に苛まれる日々。

書くことは好きで・・・そしたら、現実的な出版とか新聞社とか行けばいいのかも。って単純な思考回路はあるけど。


でも実際問題、厳しいから。私はそこから逃げたのかもしれない。言い訳なら口からダラダラでてくるけど・・・。でも、所詮そんな程度だったの(笑)


企業の歯車になることに抵抗が無いかといえば嘘になるよ。平凡でありきたり。結局普通の人間か私も・・・って。


でも。


じゃあ平凡じゃ無い、って何?


芸能人になること?
スポーツ選手になること?有名なアーティストになること?
ノーベル賞とること?


結局ね。
私の思う平凡じゃない人って著名な人たちのこと。
要するに、名前を残していく人、記憶に残る人。みんな本能的にはそういう人になりたいの。きっとそれは、たくさんの人に認められたいっていう究極のかまってちゃん思考があるから。悲しい程の、人間思考。



企業に就職して、つまんない人間で終わりたくない!と思っても足掻いても「人間カテゴリー」に当てはまる時点で、もうある程度生き方が決まってるんだと思う。企業に所属云々以前に、私は人間という枠に所属しちゃってるってことだよね(笑)

だからこそ、企業で自分の可能性を探して生きるのは私にとって一番の幸せなのかなって最近思う。というより、企業で出来ることが何も無いと考えていたのが大きな間違いだね。予想より大きくてすごく深い場所なんじゃないかな。業務内容に関係無く、自分にとってマイナスになることは無いってこと。


あ、もちろん。
かまってちゃんだから私はチャンス作って書くことしてみたいって思うよ★タイミングを狙って狙って・・・ま、今のとこね(笑)

それが何年後になるかはわからないけど、生きている間にしたいことかな。
どうせ生きなきゃならないなら自己満でいいから好きに生きていきたい(笑)

だらだら書いちゃったけど(´д`)
就活してて、自分の視野の狭さにびっくりしてこんな記事を書いてしまいました。


自分が自分である以上、自分で自分を認めてあげられる以上「私」は無くならない。無くすつもりもない。

他人がなんと思っても「私」を知るのは私だけだから。自分の価値を認めてあげなきゃダメなんだと思う。

人生は無に還るための旅。

どうせ無になるのなら、どんな失敗も怖くないでしょ?

人生に意味を感じなくなったら、理由を探せばいいんでしょ?

きっとね。

人間はどうしても人間だから(笑)単純に
愛しい想いがあって
愛しい人がいるなら

先に待ち受けるものがゼロでも、惜しくないの。



どう足掻いても
本能には抗えない。