令和8年熊本地震でイオンが爆発して、
ハビタの現地スタッフ2名が亡くなった。
現地ではたらいてたスタッフは、
ハビタ本部からの「売上金を金庫にいれて」
という指示に従ったために爆発にまきこまれた。
・・・というようなことで問題になり、
指示をした上司Aさんが責められたり、
ハビタの社長さんが責められたりしている。
しかし記事をよくよくよむと、
アレ?っと思うことがいくつかある。
+ + +
まず「売上金を金庫にいれて」といったのは、
たしかに上司Aさんのようだ。
「もし可能なら」
「もし建物内が安全ではいれるようなら」
というようなことも伝えていたらしく、
そうであるなら強制ではなかった。
そして上司Aさんは、
現場スタッフに直接伝えたのではなく、
その日休みだった店長にまず伝えた。
しかし店長さんのことは、
みかけたいくつかのどの記事でも、
何故かあつかいがうすい。
ここでは仮に店長Bさん、としてみようと思う。
店長Bさんは現場スタッフに、
上司Aさんからの伝言を、
なんらかの方法で伝言した。
電話なのかラインみたいなので
テキストでなのかは分からないが、
そのとき店長Bさんはさっきの、
「もし可能なら」
・・・という部分を、
スタッフにちゃんと伝えたのだろうか?
もし伝えていなかったとすれば、
店長Bさんにも過失があったといえないだろうか。
+ + +
亡くなった2人のうちの1人は、
いちどイオンモールの外に退避していたとき、
たまたまあった親戚に
「売上金を金庫に戻してほしい」と会社から指示されたので、
職場に戻らなくてはならないと話したそうだ。
しかし、ここでいう会社から、というのは、
店長Bさんの事かと思う。
指示された、という部分がきになる。
店長Bさんは、現場にいたわけではない状態で、
現場のことを把握できていないまま、
電話越しかなにかで「もし可能なら」の文言なしの
「売上金を金庫に戻してほしい」
・・・と、やはり、
伝えてしまったのではないか?
当時、現場のイオンモール内は
強いガスの匂いもしていたという報告もある。
そういった現場の状況を、
電話の中でスタッフと交わすことはあったのだろうか?
もしそれができていたら
ちがう結果になっていたかもしれない。
+ + +
ひきつづき「もし」がつく、
話ばかりになるのだが・・・
もし店長Bさんから、
「もし可能なら」がスタッフへ伝わっていた場合、
スタッフは、入るか、入らないか、という、
現場判断の責任があったかと思う。
これは可能っぽい
これは可能じゃないっぽい
そういう判断。
しかし「もし可能なら」が伝わっていなかったとしても、
これは可能っぽい
これは可能じゃないっぽい
・・・という判断は必要だったようにも思う。
なにしろイオンモール熊本にも、
震度6強の揺れがきた非常事態であったのだし。
上の指示に従順、まじめ、責任感、といったことは、
美談になることもあるが、
危機察知能力のようなものが、
少々不足していたともいえないだろうか・・・
命を落とした人に対して厳しいかもしれないが。
+ + +
それでハビタの社長さんを、
仮に社長Cさんとするとして、
社長Cさんが、なにやらすごく叩かれている。
超エリートのイケメン若社長ということで、
やっかみもあるのだろうか?
元文春エース記者 中村竜太郎が見た!
熊本地震、売上金回収指示で「ハビタ」従業員犠牲…エリート社長の保身と呆れた責任転嫁
・・・こんなタイトルの記事があった。
そもそも、社長Cさんは売上金回収の指示を
上司Bさんに指示したんだろうか?
社長Cさんが指示をしていないとすれば、
社長Cさんはもらい事故だ。
大竹さんらはまだ若く、会社に忠実なため、上司の指示を絶対だと受け止めてしまったかもしれない。「災害時は自分の身は自分で守る」という教えがあっても、いざとなるとうまくいかない。気が動転した心理状態では判断の正否がつかなくなることもあるだろう。それゆえ上司の責任は重いと言えよう。
こんな風にもかかれているのだが・・・
上司の指示を絶対だと受け止めて、という下りはまちがいのように思う。
上司→店長→スタッフ、っていう伝言だったからだ。
同記事にもこういう記述がはいっているのにな。
最初の地震が発生したのは7月28日午後4時半ごろ。発生直後、大竹さんたちはイオンモールの館内放送や誘導に従い、一度は安全な館外へ退避した。その日、店長は休みで、営業部長は店長に先の内容を伝え、店長から従業員に伝達された。そこで2人が館内へ戻ったのだが、それから5分後(午後5時50分)に大規模爆発が。
間にはいった店長の指示に「もし」が抜けていた可能性について、
なぜ指摘しないんだろう?
さっきの記事のタイトルには
「呆れた責任転嫁」とあったけど、
「呆れた責任転嫁」ってことにしてイケメンエリート社長を叩きたがる、
「呆れたゴシップ化」って感じがしなくもない。
+ + +
そもそも人命より売上金というようなことが、
会社の風土であったのなら、
社長Cさんが責められて仕方ないようにも思うが、
そういう社風であるといったウワサは、
いまのところながれてこない。
しかし上司Aさんの「もし可能なら売上金戻して」の指示がなければ、
そもそもスタッフさんたちは
爆発にまきこまれずにすんだ。
だとしても上司Aさんの指示には
「もし」がはいっていて、
判断をするのは店長Bさん、そして、
現場スタッフさんだった。
そうであるから、
責任重い順、というか、
判断ミスの順、があるとすれば、
上司Aさん>店長Bさん>現場スタッフさん>社長Cさん
・・・と、いえるようにも思う。
+ + +
今回のことで命を落とした方々の無念や、
残されたご家族の心痛は計り知れない。
それをみまもる周囲であったり、
世間の人々の中にも、
少なからず痛みを感じて
思いを共有している人はいるだろう。
しかし痛みをどうにかしたいあまり、
責任がどこにあるのかを、
どこかに一点集中させるのは、
まちがっていることもある。
構造を単純化して、
スッキリとした勧善懲悪を期待する。
そういうのはちょっとした
怠惰な思考にも思う。
刑事事件、民事事件、
そういった法律上のことでは、
当事者が甲乙でわけられたあと、
一点集中で責任が問われることに
なってしまうのだろうけど。
ハビタの社長さんが、
少々気の毒だ。