同居人が、このまえ庭でネズミをみたといっていた。
いるだろうとは思っていたし、
サーっと何かがとおりすぎるのをみたこともあった。
数年前だったか、屋根裏をトタトタ走り回っているのを
きいこともある。
それで昨日の夕方、
庭に小さな灰色のネズミがいるのをみた。
あ!いる!とおもわずこえがでたが、
よくみると2回りくらいさらに小さい子ネズミも、
そのすぐそばにいた。
たぶん親子だ。
父と子か母と子か・・・
なんとなく母と子のようなきがした。
調べるとネズミの父親は子育てに参加しないらしい、
やはり母と子だったのかも。
+ + +
庭には、インコがたべのこした
雑穀のカスをすてることもあった。
春にすてたものは芽が出て、
庭はイネ科の植物がいろいろはえていた。
それをたべる動物も飼っているし、
ちょうどよかった。
夏がおわりかけたころ、
それらは穂をつけはじめ、
だんだん1年草のおわりの雰囲気になっていった。
それで秋まきでも生えるかと思い、
穀物のカスはひきつづき
すてていたのだが、
なんか生えないなと思っていた。
もしかして春まきのほうがはえやすい、
ということなのかもしれないが、
ネズミがよなよなやってきて、
食べていたのかもしれない。
でも、ネズミのフンは、
このところみかけていない。
ということは、たまたま、
昨日あの親子はやってきただけだったのかも
しれない。
+ + +
虫の知らせっていうのがある。
なにかのまえに虫が、
いつもと違う動きをして、
何か知らせてくれるっていう・・・
クジラがうちあげられた、
魚が大量にうちあげられた、
そういうようなのは
地震の予兆だといわれたりもする。
ネズミに関するスピリチュアルな意味を
検索してみると、
わりと幸運のサイン説が多かった。
灰色のネズミには
「あなたは臨機応変に生き抜く力をもっている。」
そんな意味合いがあるらしい。
たしかに私はそういうタイプかもしれない。
大多数のやりかたにあわないから、
そこからはずれて自分の都合でなんとかする、
というような臨機応変ではあるが。
+ + +
でもそれは、わりと自覚していることで、
わざわざネズミ親子に教えてもらうまでも
ないようにも思えた。
だったらなんだったんだろう?
私は、こんなふうに、
ネズミが食事しているのを30分ちかく、
窓ガラスをはさんではいるが、
1~2メートルの近さでみつづけていたのは、
はじめてだった。
ネズミが、夕方のこんな時間に、
あんなにゆっくりと人間を警戒しすぎることなく、
食事をしているのをみるのが、
はじめてだった。
さらに、しばらくして、
追加で2匹子ネズミがやってきた。
子ネズミはじゃれ合って、
小競り合いをしたりもしていたが、
とにかく庭におちている穀類を、
おちついてたべつづけていた。
正直、かわいかった。
病原菌とかあるかもしれないが、
なんてかわいいんだろうと。
雨上がりの庭の土はグレーで、
ネズミたちの毛の色と同じだった。
保護色なんだなって思った。
すっかり日が落ちるころには、
ネズミたちはいなくなっていた。
+ + +
スピリチュアルな意味合いについて、
あらためて考えてみたのだが。
むりなこじつけをするとすれば。
「食べ物は大事」
そんなことかなとも思った、
そなえておきなさいよ、的な。
そなえといえばあの予言にむけ、
私はそこそこまじめにそなえていた。
でも7/5の予言は結局なにもおきず、
9/23の南海トラフ地震っていうのも、
なにもおきなかった。
ある霊能力者がいうには、つぎは
10/5なんだとかで。
なんかこう・・・
〇月〇日に災害か災難くる
↓
祈りましょう
↓
よかったら有料の祈りイベント参加して or
宗教やってるんで一緒に祈りましょう
↓
何も起きない
↓
祈りが通じた、回避できた
↓
ひきつづき2032年の地球滅亡までがんばりましょう
・・・こういうのがつづきすぎて、
ちょっと嫌になっている。
むしろ、だったら、もう、
10/5 なんかおきてくれと。
能力者やら霊能者やらは、
そういう災害や災難の予言の他に、
日本人の役割であるとか、
よりよい生き方であるとか、
どこどこの神社のなんとかかんとかっていう神が
どうの、龍がどうの、とか、
そういう話をする人も少なくない。
そういう中で、
災害災難の予知予言がそのとおりになる、というような、
無能力な一般人にもわかりやすいことがおきると、
彼らのその他のいっていることも、
信ぴょう性がでてくる部分がなくもない。
災害災難の予知予言が外れるたびに、
せっかくの、よさげな話、ありがたげな話が、
台無しになる感。
そんなことを思う。
+ + +
ということで、ネズミ親子。
大黒天の使いであるともされる。
親子できて庭でくつろいでいた。
なにかおきるんだろうか。