Guten Tag
金曜日のノヴァーリスです、こんにちは。
ある日の休憩室、親方がこんなことを言い出した。


「ノヴァーリスくん、大阪から来て何年になる?」
「何年にもなりません。一年目です」
「そりゃ友達もなかなかできんのぉ。ただでさえ知り合いが少ないのに、月から土までずっとここにいるんだから、知り合い増えんなぁ」
「彼女もできないねぇ」
とニヤニヤしながらM好青年。
「うちの娘、青年団に入ってるんやわ。青年団っちゅーてもいわゆる賑やかしや。若い子いっぱいおるから、入らんけ?」
親方はS町というすぐ隣の町に住んでいたが、T農園のあるI町とは市が違った。
S町は川と木工の町。気性の激しい人が多いイメージ。一見おとなしいけど、何を考えているかつかみ所の無いI町の人とは、カラーがだいぶん違う。
「へぇー、親方、お嬢さんいるんですね」とノヴァーリス。いつも自衛隊におられる二人の息子さんの話をされるから、息子二人なのかと思ってました」
「いやいや、息子みたいな娘や。剣道馬鹿でな、子供の頃からずーっと剣道しかしてこんかった。だから警視庁入れって言うたがやけど、ずっと竹刀握ってたいとかバカなことぬかして、アルバイトと剣道にあけくれとるわ」
「何歳なんですか?」とM好青年。
「確か・・・ノヴァーリスくんと同じじゃなかったかな」
「チャーーーンス!」
、そう叫んだのはノヴァーリスではなく、M好青年。言いながらノヴァーリスの背中をたたく。
「いやいや、あんなん嫁にもろたら、相手の男がかわいそうやちゃ! 漢やぞ! 尻に敷かれるなんてもんじゃないちゃ。竹刀で叩かれるわ!」
そう言いながらも、親方がとっても娘さんのことを可愛がっていることは、言葉の節々から感じられた。


翌日、親方は一枚の紙を持ってきてくれた。
青年団募集の紙だった。
話は飛ぶが、結果的にノヴァーリスはその団体に入団した。
親方のお嬢さんにも会った。
初めて会ったのは、三十人くらいが集まる話し合いの場で、会う人見る人、全員が初めてなので、そして自分以外の全員が仲良しなので、頭の中はてんやわんやだった。
どの人なのかなー、と周囲を見回すも、親方に似た感じの人はいない。
色んな人が、初めまして、と話しかけてくれる中に、彼女はいた。
背がすらっと高くて、茶髪のロングヘアーをくるくるっと巻いて、わりとすました感じの、非常に美人な女性親方の娘さんだった。
「ほんまにきたんや」
他のみんなが「よくきてくれた!」「ウェルカム!」みたいな歓迎モードで迎えてくれる中で、彼女だけは、あの冗談を真に受けるヤツいるんだ、的な口調だった。
「あぁ、親方のお嬢さんですね。その節は本当にお父さんにお世話になりました。元気にしておられますか?」
「うちのハゲおやじのこと? 今日もハゲとるよ」、そしてケラケラ笑う。かなり魅力的な女性である。

話し合いのあとは、お好み焼き屋さんに場所を変えて、懇親会をしようということになった。当然ひとりだけ場所がわからない。
「あんた場所わかる?」と聞いてくれたのは、意外にも親方お嬢だった。
「えっと、ナビをセットするのでお店の名前とか――」
「あたしのあと、ついておいでよ」

お嬢のあとをついていき、無事お店に到着。
親切なのかぶっきらぼうなのか、わからんなー。とりあえず知り合いがいないので、お嬢と話そうかなぁ、と思うも、お店に入ると一歩も近づいてきてくれない。
見えないバリアがある感じ。
かわりに他のみんなは、大阪から農業をやりに移住してきたヤツに興味津々で、かわりばんこで隣にきてくれるので、話し相手には不自由しなかった。
なかには「うちらはお好み焼きはケーキみたいに切るけど、大阪の人ってタテタテヨコヨコって切るよね」などと、どうでもいい話をする人もいた。
その日はときおり目が合ったが、最後までお嬢と言葉を交わすことはなかった。