欲しいものがあった。
皆が当たり前に持っていて、私にはないものだった。
23-7
written by 未
不意に手を繋ぎたい衝動が湧くことがある。幼稚だろうか。客観的にどうかは分からないけれど、主観的にはそう思うから口に出せない。当然、実行もしない。
そんな逡巡が表出するのは一瞬のはずなのに、なぜか目敏く気付かれる。
「どうした?」
碧青色の瞳が私の顔を覗き込む。
なんでもないよ、と返す。何気なさを装って。
すると、視線の先の細い指がふわりと宙に浮き上がって視界から消える。
そして柔らかに頭へ降りてくる。
「もう少しがんばろうな」
ゆっくりでいいから、と囁くように姉は言う。
私の心は別の形で満たされて、でも元の空白は満たされていなくて。
私は両手を自分の頭へと持ち上げて、優しく髪を梳く細い指を包んでみて。
うん、ともう一つ頷く。
* *
閉じた瞼の向こうに風景を見る。
長閑で退屈などこまでも続く狭い世界。
それを居場所というのだろうか。
私にはないものだった。
* *
「身体の調子はどうだ?」
大丈夫、は通じない。
それは妹の体調を慮る姉の問いではなく、患者の容体を確かめる医師の問診だ。
そろそろきついかな、と私は答える。
未だ私の身体は健康とは言い難い。定期的な加療を怠れば動けなくなる。前回の治療から六日経っており、服を着替えるのも一苦労だった。
「明日までもちそうか?」
今晩くらいなら、と答える。
無理をして動けなくなっては元も子もないけれど、きついからと言ってすぐにカプセルに入るのも違う。治療と言えどその間隔を少しずつ延ばしていくことが目的だ。動けるうちはきつくても動かす。自分の身体なのだから。
わかった、と主治医は答えたが。
「無理はするなよ」
諭すように語りかけてくる顔は既に姉のそれに変わっていた。
大丈夫、と言っても安心してはもらえないから、私は強がりの方向を変えて、記録更新してみせるからね、と笑いかける。
その晩、意気込んでベッドに入った。
翌朝、指一本動かせなかった。
姉に起こされ、姉に着替えさせてもらい、姉に負ぶわれて、姉の研究室まで連れて行ってもらった。
はっきりとしない意識のまま何度か、ごめんね、と姉の背中に弱音を零した気がする。その度に、おまえは十分がんばっているよ、と励ましてくれていた気がする。どちらも私の妄想かもしれない。
「今回のご褒美は何が良いか、考えておけよ」
治療装置の硝子越しに笑う姉の目尻をぼんやりと見つめながら私は意識を手放した。
* *
朽ちた身体を抱かれる。
無限に揺蕩う流れの中に留まる容は誰のものか。
狂気と指される斉一な有り様。
私にしかないものだった。
* *
眠っているのか、起きているのか、自分でもよく分からない。
* *
止まったのか。
凍ったのか。
固まったのか。
壊れたのか。
眠ったのか。
内側は誰にも見えない。
* *
夢を見ていた気がする。
あるいは別の何かか。
* *
冷めて。醒めて。褪めて。
未だ覚めない。
* *
ごほうび、なににしよう。
* *
欲しいものがあった。
それが手に入らないが故の。
子供の駄々だと知っている。
* *
これいじょうほしいものなんて。
* *
ただ、それを止める方法を
私は知らなかった。
the end