今日、カフェでとあるカップルの隣の席になりました。


私はPCを持ち込んで、職務経歴書を必死こいて書いていたのですが、隣のカップル(特に男のほう)の話があまりに耳についたので・・


どうやら、彼はアメリカ留学直後のようで、
会話にしきりと英語が混じってるんです。
時々アメリカ英語のスラングを言ってたので、
たぶんアメリカだと思います。


とにかく、「それはもうオレは関係ねえし、Do what you want!」とか、「what a hell!」とか・・


「なんつうかさ、・・あーーー!日本語って難しい!
英語の方が楽なんだよね。難しいなー日本語って」


(本当に言語において流暢な人は、母国語も英語もスムーズなものです)


「俺が向こう行ってわかったのは、頑張りゃなんだってできるってことだよ。がんばらねぇ奴はマジででぇっきれー。ムカつく」
など、アツく女の子に言ってました。


女の子は、若干、圧倒されつつも、腑に落ちない部分があるようでした。
たぶん、彼が自分の人生を踏まえて、主観だけで話しているからなんでしょう、
「や、言ってることはわかるんだけど・・」と弱々しくも食い下がっていました。



「俺ははっきりいって中学の英語は10点満点で5とかだったぜ。

  (10段階のことかな?)
でも向こうで授業はハッキリ言ってほとんどAだったし、いくつかBもあったけど、まあそれは事故みたいなもんだったし」


ほとんどAはすごいけど、取れない成績ではない・・と思います。
私も一つBを除いてあとはAだったような・・
それに、学科にもよるんじゃないかな?



なおも、彼は彼女の将来について詰めだします。


「やればできるんだよ、お前は何がしたいわけ?」
「うーん。。人に影響力のある人間になりたい」


この会話、前に塾長をしていた時に、中3生とした覚えが・・
彼女も彼に押されて、大仰な、若干抽象的な言い方になってしまったみたいでした。



「俺ははじめ向こうで友達作る気なかったんだよ、面倒くさいし。
遊ぶっつっても、マリファナ吸うぐらいだし。それはそれで楽しいけどね、バカくさいじゃん」


声がとても大きい人で、カフェの喫煙ルームに響き渡っていました。

私もかなり耳障りに感じていましたが、反面、面白かったので、
もくもくと書類作成に左脳を使いつつ、右脳で彼らの話を聞いていました。



「いつも5W1Hを考えて夢に向かえばいいんだよ。あれ?5W1Hってなんだっけ・・
When, Where, What, えっと、Why・・あれ、あとwhichだっけ・・」


「えっとぉ、いつ、どこで、だれとぉ・・」
「あ、〈誰〉だ、Whoだ!」


Hのhowはスキップされてました。。


とにかくとっても自信満々な彼は、態度も大きく、
留学生活が彼にとってなみなみならぬ自信を持たせてくれたことがよくわかりました。



なんと傲慢な奴なんだ・・

彼の言葉は、言っていることは正しく強い部分もあるのですが、
しょせん留学を終えたばかりの学生の言葉でしょ?という感じは拭えませんでした。
社会人になって、必死で働いて何かの成果を上げてから言ったほうがいいんじゃ・・と、他人のくせに思っていましたが。。



ふと。


私も留学直後はあんなだったのかな。。と不安になりました。


確かに今でも「oops!」と「oh my god」は口をついて出ちゃいます。
自信もみなぎってました。
「これから」という未来にワクワクしてました。
態度も大きかったかも。と言うか人目を全く意識できてなかった。
行動も大胆で、考え方も大胆だった。
極めつけ。
帰国したとき、チューブトップ着てました。


・・完全な、留学マジックですね。恥ずかしい。


でも、所詮、親のお金で行かせてもらった、学生生活なんですよね。
私は学費自体は奨学金の形で自費留学ではありませんでしたが、
でも向こうでの生活費や教材費は、親のお金でした。

結構な額でした。


もしかしたら、彼は必死で日本でお金を貯めて、向こうでも働きながら
勉強してたのかもしれません。

ただ私は実際にそういう人も何人か知っていますが、
自分のすごい勉強欲、生活能力、語学力、成績をあけっぴろげに話してる人はいなかった気がします。
私は彼らの芯の強さとそのたたずまいにいつも静かに圧倒されてました。


私はと言えば、卒業後、社会人になって、
小さな挫折を経験しつつ、とても良い先輩方に恵まれ、
「留学経験」と言う「きねづか」を、私は捨てることができました。

かつての私ができたことではなく、今の私に何ができるか、なんですよね。

留学経験は、もちろん人生の何より貴重な経験でした。
それを捨てたのではなく、見せるまでもなく、私は身につけて大事にしています。
その時に得た考え方、ものの見方は、全く変わってないです。

ただ、「経験」と「私」との関係が変わったんです。


帰国して1年後、私はこう思うようになっていました。

留学時代、私は「努力した」とは言えない。
自分の好きなことをしたくて、勉強して試験に受かって留学し、
向こうの大学で勉強したけれど、すべて「自分のため」。
自分の好きなことやしたいことのために頑張ることは、
「努力」とは言わない。
それはあたりまえのことだから。


このことは、塾長になってから、生徒に伝え続けました。

今の受験とかを、必要以上に「苦」と思ってほしくなくて。


社会人になる前に気付きたかったですが、
社会人って、組織に組み込まれて、会社のために自分を活かすことが、仕事ですよね。
だから、やることなすこと全て、お客様や会社のため。
そのために頑張ることが、引いては自分のためになるんですね。


たぶん、多くの人はとっくに知っている、すごく当り前のこと。
なのに私は分かってなかったのです。


そして、私の隣で偉そうに彼女に対して威張っている彼も、
ここまで傲慢になれると言うことは、その分謙虚になれるのではないかな、と思います。

彼が、頑張ったのは本当なのだろうし、それで自信を持っていると言うことは、それだけの成果を上げたのだろうし、

これから社会に出て、正念場に立ったとき

これまで身につけたことなど何の役にも立たないと知ったとき、
過去にしがみつかずにどれだけ謙虚に頑張れるか、
そこできっと、彼の真価が発揮されるときなんだろうな。



そんなことを思いながら、PCを打っていたら・・
職務経歴書が4ページにもなっていたのでした。

スリム化計画、スリム化計画。
私は私の正念場を、頑張らなくては・・


ともかくも、ちょっと不愉快でちょっと面白い
アメリカかぶれのお兄ちゃんを見て、
かつての私を思い出し、初心に帰ることができました。

えっと、イギリスはアリスの国です。
私はアリスが大好きです。


でも、ルイス・キャロルの原作を読んだり、
あとは実写版とか、ディズニー映画で見ただけで、
ルイス・キャロルについて何か知っているわけでもなく、
ただお話が好きなだけでした。


でも、前から学生の街オックスフォードに行きたかったんです。
アリスのお店もあるみたいだし・・
そんなに大きくない町みたいだから、次の日はストーンヘンジに行こうかな、と思って、ロンドンから足を延ばして行きました。


ロンドンからはバスで約2時間。


ちょっと話がそれますが、
私はその日の午前中、ハイゲイトと言う駅で降りて、
ハイゲイト・セメタリーと言う墓地に行きました。
そこには、カール・マルクスのお墓があります。
思想もなく思考も浅い私ですが、
行ってみたい場所の一つでした。


ハイゲイト・セメタリーは、とても広く、
入口が分からずぐるっと一周してしまいました。
でも一周してみると、木の枝や雑草が伸び放題の部分が
あったりして、結構荒れた印象を受けました。


やっと見つけた入口で、ゲートのおじさんに入場料を払って、
「マルクスのお墓はどこ?」と聞くと、
もう何百回、何千回と答えているのでしょう、すらすらと
「あの道をずっとまっすぐ行ったところだよ、絶対に見失わない」
と教えてくれました。


「絶対に見失わない」その理由は、私も分かっていました。
なので、歩き続けるとすぐわかりました。


これが、あの有名な「資本論」の著者、マルクスのお墓です。
↓↓↓



KARL MARX


すごく荘厳な感じがしました。


お墓には、
「WORKERS OF ALL LANDS
UNITE」
とありました。
全地上の労働者よ、団結せよ、とかそう言う意味かな~?


そんで、後頭部はどんな感じかな?とふと思い、
お墓の右後ろにがさがさと回り込んだとき・・


ぶす。


その日に限って、白い帽子をかぶっていなかった私は、
おでこを蜂に刺されたのです・・


数歩、その場から離れて、私はぼうぜんとうずくまりました。
手に持っていた赤いタオルでおでこを押さえて、しゃがみこみ、
鈍い思考で何が起きたのか、理解しようと・・



マルクスのお墓は、やはり有名なので
数分に1度は観光客が通ります。
おそらくその人たちの目には、赤い布をかぶった私がマルクスの前で
ひざまずき、敬礼をしているように見えたでしょう。。


中国人の家族が通りがかり、お母さんらしきおばさんが私に中国なまりの英語で声をかけてきました。
「あなたは共産主義者?」


いいえ、違います。
私は思考も思慮も浅いマヌケな日本人です。


高校生くらいの息子さんらしき人は、
「僕アニメ大好きです」
とナルトとデスノートの話を始めました。


ひきつった顔で私は「写真撮りましょうか?」と言って、
仲良さげな家族写真を撮り、去っていくのを見送りました。


そのあと、再びしゃがみこみ、本気でこう考えました。

マルクスのお墓の前で死ぬかも。
こんなところで一人で?
イギリスなんか来なきゃよかった。。


そしてよろよろと近くのベンチに座り、
自分を落ち着かせるため一服しました。

近くを通り過ぎた欧米人のカップルの女性のほうが、
「こんなところでタバコなんて・・」とでも言いたげに
顔をしかめましたが、それどころじゃありませんでした。


20分ほど、座っていたでしょうか。
おでこは痛いけど、人のいるところに行こうと思い、
「マルクス、お騒がせしました・・」と心の中で挨拶しながら、
門番さんのいる入口に向かいました。


そこで彼に弱々しく声をかけました。
「このあたりで、虫に刺されることってあります?蜂とか・・」
「たまにあるよ。草や木も多いからね」
「私、おでこを刺されたみたいなんですけど・・死ぬかもしれない」


彼はちょっと顔色を変えてこう聞きました。
「病院行きたい?近くにあるけど」


う、それはちょっと・・確かに近くにあったけど。
午後はオックスフォードに向かいたいのに。。


「吐き気とかする?」
「しませんけど・・痛いんです」


親切な彼は、肩をすくめて、はっきりとこう言ってくれました。
「もし死ぬほどの毒なら、君はその場で死んでるよ。ここまで歩いて来れない」


・・そう言って欲しかったんです・・!


「刺される人も、いるんですよね?!」
「しょっちゅういるわけじゃないけど、僕も刺されたことあるよ。
ただ痛いだけだよ」


良かったぁぁ!


「すいません、ちょっとショックだったもので」
「あんまり痛かったら、塩水をつけるといいよ」
「ありがとう、本当に」

・・というやり取りの末、私はよろよろとハイゲートセメタリーを後にしたのです。


決してテンションは高くなく、速攻、近くのマクドナルドのトイレに駆け込むと、10分ほどこもっておでこをよく確認しましたが、

目で見た感じは大丈夫そうでした。ちょっと、赤い、かな?くらいで・・


ほっとしてトイレのドアを開けたら、店員やら警備員やらが取り囲むように待っていて、出てきたのが何の害もない小さなアジアの女の子(に見えるんですよ、イギリスでは)だとわかると、

何もなかったように散らばっていきました。


イギリスでは、10分トイレにこもることもできないのか・・


ちなみに私、カナダでも蜂に刺されたことがあるんです。

バルーンスカートの中に飛び込んできて、太ももをブスリと。。


なんだかもうグッタリしながら、チューブを乗りつぎ、
人の好いおじいちゃんが運転するオックスフォード行きのバスに
年をごまかして学生料金で乗り込んだのです・・


ちなみに、バスの中で食べたのは、

ほうれん草とチーズのパイと、クランベリージュース♪



ほうれん草のパイとクランベリージュース

うまかった★テンションもちょっと上がりました。


おなかいっぱいになったら眠くなったので、

イギリスの低い空を眺めながら、しばし一眠り・・


あれ?アリスはどうなった?
またオチのつかない文章を書いてしまった・・

しかも長い、長すぎる・・


次こそ、オックスフォードについて書こうと思います。

できれば今夜、大人っぽいことは抜きにして、
ベッドの中でぐりとぐらを読んであげよう。



ホットケーキが食べたくなった。
夜食にはちょうどいいよ、作ろう。
できればバナナを混ぜて。



バナナはあったけどホットケーキミックスがない。
小麦粉もない。うどん粉でできるかな?


さすがにバナナは合わないから、ツナと一緒にオーブンで焼いて
ピザ風にしよう。


マヨネーズがない。
卵と酢はあるから、そっちは任せた。
作りながらインディ・ジョーンズの2を見よう。
いちばん好きなんだ。



いい匂い。
早く焼けないかな。
ビールはないから発泡酒でいいよね。



うまい。
ちょっと固いけどそこはうどん粉。
マヨネーズ、いけるよ。
ツナたっぷりで発泡酒をぐびぐび。
ああ、インディが心臓取られちゃう。



腹いっぱい。
よく食った。もう入らない。
後片付けは朝にしよう。
このままもうちょっとインディ・ジョーンズについて話そう。
初めて見たのいつだった?



楽しかったね。
こんな夜もいいでしょう?
飲みすぎたかな、トイレが近いや。



このまま寝たら牛になるねモウ。
腹ごなししようか。