現在参加させて頂いている兵庫陶芸美術館「No Man’s Land」展と岐阜県美術館「素材転生」展の両方が『炎芸術No.146』の展覧会スポットライトの所で同時に紹介されています。こういう事ってなかなかないよなあとこれはこれで嬉しく思うのですが、兵庫の方は緊急事態宣言を受けて5月11日まで休館となってしまいました。無事の再開を願うばかりです。
炎芸術に載せていただくこともそうですが、美術館での展示というのも夢のまた夢の話だったので人生はわからない。この二つの美術館での展示はやきものを始めてからの夢でした。ありがたいことに一気に夢が二つも叶ったわけです。その裏で全世界的パンデミックというのもあくまでSFの想像の中での話だったのでこれも人生はわからない。
未来はわからないものです。
それでも二つの展覧会は陶芸の未来、工芸の未来を示唆している、とても面白い展覧会です。偶然ですがどちらの展覧会も最年長(ほぼ)という立場で関わっています。こうしたことも含めて僕が上の世代から受けて来た影響、次の世代へ何を残せるのか等々改めて考える機会になりました。今までそうした事をほとんど考えてこなかった事を少しだけ反省しております。ただ上の世代に脈々と続く工芸コンプレックスのようなものを僕が解消したいという目的がひょっとして達成されつつあるのではないかと思っています(僭越ではございますが)。おそらく次の世代には最初からそんなコンプレックスがまるでなかったかのように軽やかに高く飛んでいます。羨ましいぐらいに。まあそこに僕が関われたかどうかはかなり怪しいですが、ちょうどその狭間に立っている気がします。
さて未来、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、「陶表現は自由であって良い」という考えと同時に「陶表現はこうあらねばならない」という考え方も同時に残っていってほしいと思っています。そうした悶々としたせめぎ合いがあってこそ本当にオモシロイと思える作品が生まれてくるような気がしています。かつての僕がそうであったように。
基本的にネガティブで無理やりにでもポジティブ志向に持っていく質ですが、それと関係なく陶芸や工芸の未来は決して暗くないと思います。今回この二つの展覧会に関われて実感し確信しました。
兵庫の休館、予定していた展示の中止、元気が削がれていくように感じてしまいますが、どんなにひどい状況であってもまた必ず良い方向に向けられるとヒトの可能性を信じています。祈っています。
とにかく、みなさん、ありがとうございました!
