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焼成によってこれだけ縮む。

以前はサイズが一回り以上も小さくなってしまう事について、ネガティブな意識を持っていたけど、今は違う。

焼成後の収縮を計算してサイズを決定し原形制作を進めるとはいえ、原形、型制作、鋳込み、仕上げ、素焼き、釉がけ、と制作に関わるほとんどの時間、一回り大きなサイズとつきあう。最後の最後、本焼成終の窯出しで、かなり小さく縮んでしまっているのをみると、わかっていても、それはそれで寂しくなってしまう。大きい=迫力がある。小さい=力が足りない。という単純な図式で考えると、やはり小さいよりも大きい方がいい。

しかし、今はそう考えなくなった。

もし焼成後の収縮がなかったとしたら、それはそれで駄目だろう。物質に留まらず、よくわからない「何か」までもが凝縮される事で新たな力が生まれている。

サイズの問題ではない。コンパクトに凝縮された陶という物質の力。圧倒的な熱エネルギーが、作品に命を吹き込んでくれている。僕の作ったものを「作品」として成立させてくれているのは、焼くという行為によるもの。

僕個人の力なんてたかだか知れている。制作出来るのも多くの人の支えがあってこそだし、最終的に作品を成立させるのも膨大な熱エネルギーの力を借りている。歴史的な時間の積み重ねと、科学の進歩、そこに関わった多くの人の思い、それらが共に集約された状況。様々なラッキーが僕という存在を活かし、小さな作品として凝縮され結実する。

単なる縮みではない。ギュッと詰まるというのは、いいもんです。