セントラルセントマーチンズ校セラミックデザイン科3年の生徒さんから僕の作品に興味を持ったという理由で丁寧なメールをもらった。内容が「エスカピズム」についての論文を書くから、意見が欲しいということで、いくつかの質問項目があった。

「escapism」なんて初めて聞いた言葉であるが、おそらく「escape」と関係がある事は推測できた。実際和訳は「現実逃避」とある。

おいおい俺の作品は「現実逃避」じゃねぇぞ。と思いつつ、「escape」という言葉について考えだすと、実際は単に「逃げる」という意味だけではないんじゃないかという考えに至った。

プログレッシブ英和によると
[古北フランス語escaper (es-外へ+cappa外套(がいとう)=外套から抜け出る)]

例文として
・escape from prison (脱獄する)
・escape from old-fashioned traditions (古い伝統から抜け出す)
とある。

日本語では「逃」と「脱」ではかなり意味が違う。

「彼は困難な状況から逃げた。」
というのと
「彼は困難な状況を脱した。」
というのでは「彼」の人物としての印象がガラリと変わる。前者は臆病さから、単にその場を離れただけのようなイメージがあり、後者は知恵を働かせ労力を払い、その困難を打開したようなイメージがわく。

一つの状況から別の状況へ移行したという事実は変わらないけれども、「逃」と「脱」では、移行における主体の意思レベルの違いがある。

He ran away from the difficult situation.

か 

He escaped from the difficult situation.

もし[escape]という単語が両方の場合に使われるのであれば、これは前後の文脈で、彼の人間性や意識レベルを表現しないといけない。

なんとなく僕の中では「escape」のイメージでは「脱」となった。手かせ足かせを外して自由になるイメージになった。こう考えると「escape」が単なる「逃避行動」を指すのではないという結論に至る。

さらに前出の辞書の例として
literature of escape (逃避文学)
というのがある。これ何だ?と思ったら、どうもSFやファンタジーものをさすらしい。SFやファンタジーは現実から「逃避」したジャンルではないと思う。非常にネーミングが悪い。全く関係ないけどナマハゲより問題アリ。

空想や想像は「逃避」からのみ起こる行動ではない。ケースバイケースで、時に逃避行動の場合もあれば、純粋な創造欲より生じる事もある。より良い解答や方向を見いだすためのシミュレートや、可能性の模索、明るい未来のビジョンを想像する事もあれば、逆に最悪な事態を想像して不安に陥る事もある。これ以上普通に当たり前な事がないくらい当然の日常の行動だ。

現実から空想世界という、より自由な状況への移行は、「逃避」という意識レベルのみ行われるものではない。そこには様々なレベルがあり様々な状況があり、様々な動機がある。その移行について、全てを「逃避」という言葉で片付けてしまうのは全く持って不適切ではないか。

もしSFの作品、ファンタジックな作品が「現実逃避作品」かといわれれば、それは違うと僕は考える。上記した「脱」という意味においての「escapism」に属するとするなら、それは納得できる。もし、そこに「ism」を見いだし、和訳を当てはめるとすれば、空想主義、脱現実主義となるのではないかと思う。

まあ、もし一般的に「escapism」が「現実逃避」という和訳が揺るぎなきものとなり定義されれば、SF作品、ファンタジー作品には「escapism」とは別の呼称が必要だ。その方が理解されやすい。できればそうしてほしい。

以上の前提をふまえ、僕の作品は「脱現実」ではあっても「現実逃避」ではない。