10月7日から12日まで、多治見のセラミックパークMINOで行われる甄舎展(ケンシャテン、専攻科OB展)にてトークセッションがあります。
10月10日、10:30から12:00まで。岐阜県現代陶芸美術館プロジェクトルームにて。
愛知県陶磁資料館学芸員の大長智広さんと師匠、伊村俊見先生と、僕が話します。3人の話をただただ延々と聞くんじゃなくて会場からも自由に発言できるような場にするそうです。
テーマは「若手作家・活動の今」となっていますが、実際はどんな内容になるかわかりません。師匠が爆弾発言をするかもしれないし、僕がそれに油を注ぐかもしれない。当日にならないと、どんな内容になるかわからないので、僕も楽しみです。わざわざ聞く必要もなかったと思われるような当たり障りのない中身のないセッションで終わらせたくないなあと思うけれど、、、(頑張ろう)。
その後、13:00より交流会があります。2000円の会費制で誰でも参加可能です。こういう交流会の方がアルコールも入ってぶっちゃけて話せるので、きっともっとずっと楽しくなるはず。
僕の言いたい事は単純です。少なくとも「若手」であるなら好きな事やった方がいい。
一昔前の「現代陶芸」はもう既に古い。30年も同じような事続けてても少しもおもしろくない。もはや現代という響きに矛盾を感じているのは僕だけじゃないだろう。少なくともコンテンポラリーではない、モダンではあるだろうけど。(良いか悪いかはそれぞれの評価だけど、古いか新しいかという評価はおそらく全世界共通。新しければいいというものではないし、逆に古ければいいというものでもない、それは相対的評価で時と場合と「もの」による)。
まあ閉鎖された極小世界で評価されたとしても、どうせ食えない。であれば、せめて飛び出して新しい事やったほうがいいんじゃないかと思う。その方がひょっとしたら食える可能性がでてくるかもしれないし、そのための模索も出来る。閉鎖空間にいる事がたまらなく好きならそれはそれで仕方ないけど、そういう空間は熟成期を越えると空気が淀む。その閉鎖空間の中で食っていける人間の席数は限られているし、今後は減り続けるだけだ。
飛び出したからといって、どこまで世界が広がったか高々知れているので偉そうな事は言えないけれど、まあ少なくともルールは自分で決められる。
10月10日、10:30から12:00まで。岐阜県現代陶芸美術館プロジェクトルームにて。
愛知県陶磁資料館学芸員の大長智広さんと師匠、伊村俊見先生と、僕が話します。3人の話をただただ延々と聞くんじゃなくて会場からも自由に発言できるような場にするそうです。
テーマは「若手作家・活動の今」となっていますが、実際はどんな内容になるかわかりません。師匠が爆弾発言をするかもしれないし、僕がそれに油を注ぐかもしれない。当日にならないと、どんな内容になるかわからないので、僕も楽しみです。わざわざ聞く必要もなかったと思われるような当たり障りのない中身のないセッションで終わらせたくないなあと思うけれど、、、(頑張ろう)。
その後、13:00より交流会があります。2000円の会費制で誰でも参加可能です。こういう交流会の方がアルコールも入ってぶっちゃけて話せるので、きっともっとずっと楽しくなるはず。
僕の言いたい事は単純です。少なくとも「若手」であるなら好きな事やった方がいい。
一昔前の「現代陶芸」はもう既に古い。30年も同じような事続けてても少しもおもしろくない。もはや現代という響きに矛盾を感じているのは僕だけじゃないだろう。少なくともコンテンポラリーではない、モダンではあるだろうけど。(良いか悪いかはそれぞれの評価だけど、古いか新しいかという評価はおそらく全世界共通。新しければいいというものではないし、逆に古ければいいというものでもない、それは相対的評価で時と場合と「もの」による)。
まあ閉鎖された極小世界で評価されたとしても、どうせ食えない。であれば、せめて飛び出して新しい事やったほうがいいんじゃないかと思う。その方がひょっとしたら食える可能性がでてくるかもしれないし、そのための模索も出来る。閉鎖空間にいる事がたまらなく好きならそれはそれで仕方ないけど、そういう空間は熟成期を越えると空気が淀む。その閉鎖空間の中で食っていける人間の席数は限られているし、今後は減り続けるだけだ。
飛び出したからといって、どこまで世界が広がったか高々知れているので偉そうな事は言えないけれど、まあ少なくともルールは自分で決められる。