休みたいのに、休むことに罪悪感があって休めない
どうにも限界がきて休んでしまうと
動きを止めている自分が怠け者で
このままだと世間から取り残されるのではないかと
不安に押しつぶされそうになる
毎日激務をこなしているときも
休んでいると罪悪感を感じる
私は大した仕事もしていないのに休んでいいのだろうか
ただのなまけものだ
時間をこんなことに使ってしまって
本当に頭が悪くて救いようがない
と思ってしまう。
ほぼ鬱状態なのかもしれないが・・・
なぜ罪悪感にさいなまれるのか?
客観的に考えると、正直疲れているなら休んだほうがいい
休んだほうがその後の効率が上がるからだ
休まなければ効率は上がらず、公私ともにやるべきことは終わらない
身体だけでなく、精神的にも疲れてしまい
状況の悪化しか見込めない
でも、休めない
横になっても、やるべきことが
頭の中でぐるぐるして止まらない
これは、
「誰からもやるべきことを、しっかりとこなしたと認められた人」
しか休んではいけないという、ブロックがかかっているからだ
中途半端に頭がいい、器用貧乏タイプは
周りからこれくらいはできないとダメと
思われていると思う
事実、周りからそういわれていることもあるが
中途半端に賢いので、
みんながそういうということは、
(ちなみにみんなが言っているわけでもない)
みんなが直接私に伝えていることだけでなく
あれも、これも、こんなこともできる人を
私に求めているよね!
と拡大解釈していく
だから
「疲れたら休みましょう」
「体力や体調は各自違いますから、
自分で疲れたと思ったら休みましょう」
ということは周知の事実なのに
それでも、世間が押し付けたと思っている
自分に対するイメージ像では
この程度では疲れない
という、身体的理想まで付属している
だからまず
この程度で疲れている自分はだめ
イメージ像から乖離している
だから休んではダメ
でも限界だから休むと
理想のイメージ像から乖離してしまった自分に
「存在価値なし」の烙印を押す
そうすると休めない
休んでいられなくなる
まだ20%回復くらいの段階で
ベッドから這い出して活動を始める
まったく回復していないから作業は遅く
遅々として進まない
そして落ち込む
こんなこともできない私
なんて頭が悪いんだろう
こんなこと知られたら、いないほうがましって言われちゃう
(誰も言わないし、思ってない)
でも被害妄想が止まらない
完全に存在価値なし
ずーーん
落ち込みすぎて、余計に作業は終わらない
これに対する
正しい対処法の一つは
「え、あほじゃない?あほなの?」
と思うこと。
自分を俯瞰して見てみよう
はじめは胸が締め付けられて
悲しくて、
なんで私ばっかりこんな思いするの
と思うかも。
だけど、例えば
ドラマや漫画のサブキャラにいるような
アホだけど憎めないかわいい部下とか後輩に
置き換えてみよう
使えなくて、嫌いな人を想像してはいけない
元気なら仕事はできるし、頑張るし
たまにミスはするけど憎めない
そんな後輩が
まだグダグダでボロボロなのに
仕事に出てきて、できませーーーんって
デスクに突っ伏してたら
「あほか!帰って寝ろ!」
「ちゃんと治してから出直してこい!」
ってなりませんか?
で、代わりに仕事やってあげたりして
なんだかそういうときは
仕事してるっていう実感があって
アドレナリンがドバドバ出まくって
いつもの半分とか3分の1で
いつもの倍の仕事が片付いちゃった!
そういう経験が
優秀なあなたなら絶対にあるはず
その、あほな後輩はあなたです
その後輩みたいにズタボロになっている
あなた自身のやるべきことは
元気なあなたなら一瞬で片づけられるんです
だって現に後輩にはできてるわけですから
それを自分に置き替えるだけ
心底アホだと思いませんか?
元気になれば
10分の1のエネルギーで3倍できるのに
今は3倍のエネルギーをかけて10分の1もできない
ふっつーーーーに考えて、
休んだほうがいいです。
死ぬほどできるわけではないけど
周りよりは割とできる自分が、
そんなあほな判断していいのか
そんなわけないんです
だから、できる人はまず休む
元気になったらバリバリ働く
休んだほうが論理的に正しいと。
今しているその判断こそ
できると思われている自分から乖離していることに
まずはあほじゃない、できる自分になりましょう