今日はちょっと臨床を離れて、ついでに日本も離れて韓国の話です。韓国と言えば野球でもサッカーでも、さらには経済の指数などでも何かと日本と比較されますが、わりと日本に近い状況なのかなと考えていました。その韓国で、若手医師が韓国政府の医師増加計画に反対し、大規模な集団辞職をしたという話です。まずは引用を。

 

『高齢化が進む韓国で、医学部定員拡大に抗議し、救急医療の主力を担う若手医師約1万人が集団辞職して8か月になる。競争激化による収入減が反発の主な理由だ。医療空白に対する国民の不安が増大し、尹錫悦(ユンソンニョル)政権を揺さぶっている。(編集委員 豊浦潤一)

悲鳴

 韓国では最近、「病気をするな」が合言葉だ。病院をたらい回しにされるからだ。

 集団辞職の引き金となった政府の発表は2月6日。大学医学部の入学定員を今秋の入試から一気に2000人(65%)増やし、5058人にする内容だった。尹政権は、2006年度から政府が手をつけられなかった医療界の聖域にメスを入れた。

 人口1000人あたりの医師数(21年)が2・1人と経済協力開発機構(OECD)の平均(3・7人)や日本(2・7人)より低く、35年には1万人が不足するとの判断からだ。

 専攻医と呼ばれる若手医師たちが猛反発し、2月中に約1万人が辞表届を出して約100病院を離れた。医師全体の約12%にあたる専攻医のうち約8割が職場を去ったことになる。

 専攻医は、医学部を卒業後、医師免許を取得してインターン(1年間)、レジデント(4年間)の研修過程にいる人を指す。専攻医は、多くの韓国人が好んで利用するソウル首都圏の大規模総合病院で勤務する医師の4割前後を占める。診察や手術のほか、救急や集中治療室で当直を担当する。各病院は中枢の戦力を失い、患者の診療に十分手が回らなくなった。

 韓国紙によると救急室に勤務する医師は73%(9月2日現在)に減った。残った医師は、徹夜の当直と外来診療の繰り返しで悲鳴をあげる。

重荷

 注目すべきは保守、尹錫悦政権が20%台前半で支持率が低迷する最大の要因となっている点だ。

 韓国ギャラップの世論調査で、尹政権を支持しない理由として「医大増員」がトップとなる結果が9月に入って3回続いた。

 医大増員は、発表直後の2月末から3月初めまで尹政権を支持する理由の1位だった。ふだんは尹政権に厳しい左派系紙ハンギョレも専攻医の辞職を「大義なき集団行動」(2月17日社説)とみなし、「屈服することがあってはならない」と尹政権を激励していた。

 しかし、事態の長期化に伴い「徐々に否定的気流が広がった」(韓国ギャラップ)。9月上旬の世論調査で「病気になった時に診療を受けられないのではと心配だ」が79%を占め、国民の不安感を裏付けた。

 特に保守支持層の中心である高齢者が医療空白の被害者となりえるため、尹政権の身内の与党議員からも撤回を求める声が上がっている。与党・国民の力の重鎮、金在原(キムジェウォン)最高委員は9月23日、「医療改革が次第に医療大乱という名前で認識され、与党内でも不協和音が出て支持率が落ちている」と韓国紙に語った。

プライド

 労働争議が頻発する韓国にあって今回の事態の異様さが際立つのは、医師が患者の命をたてに政府に増員の白紙撤回を迫っている点だ。そこまでするのは医師が増えて競争が激化し、将来の所得が脅かされるとの危機感があるからだという。

 専攻医が4~5年間、低賃金と長時間労働に耐えられるのは、その後に専門医として平均3億100万ウォン(約3315万円、22年現在)の高収入と社会的地位が約束されているからだ。

 医師を増やしてくれるといっても6年先の話で、自分の今の仕事が楽になるわけではない。自分へのメリットはないというのだ。

 耐え難いのが、エリートとしてのプライドが傷つくことだ。「自分たちは激しい競争を勝ち抜いて医学部に入学したのに、突然競争が緩くなるのは到底受け入れられないというのが反発の最も大きな理由だ」とある病院長は説明した。

戻れない川

 全国39医学部の入試は、合格者の約7割を占める推薦入試枠の募集が9月13日に締め切られ、7万人以上が応募した。尹政権は「戻れない川を渡った」(朝鮮日報)も同然だ。

 仮に政府が増員を白紙撤回すれば、今度は受験生が効力停止の仮処分申請を出して行政訴訟に発展し、大学入試に敏感な韓国社会は大混乱に陥りかねない。

 尹政権の与党は専攻医との協議を提案しているが応答はない。医師団体は複数あり、意見の集約はそもそも難しい。2月に辞職した約1万人のうち職場に戻ったのは1割に満たず、約3割は街の医院などに再就職してしまったという。

 尹政権は5月30日、2000人の増員幅を1497人に減らしたものの増員そのものを撤回する気配はない。韓悳洙(ハンドクス)首相は10月3日、ソウルで「改革は止まれば後退するという歴史の教訓を忘れてはならない」と強調し、「未来世代のための医療改革を完遂する」と述べた。

医大生ボイコット 続く混乱

 混乱はまだ序章にすぎない。来春、医療空白が深刻化しそうだ。

 全国の医大生約1万9000人の大部分が専攻医に同調して授業をボイコットしているためだ。来春卒業して医師免許を取得するはずの約3000人を医療現場に送り出せない可能性が高い。閉鎖的な縦社会の構造の中で「先輩の医師ににらまれたら生きていけない」という同調圧力が医大生にのしかかった。

 医療現場からは、体力の限界を超えた医師が相次ぎ離職する事態を心配する声があがる。

 韓国の歴代政権は、医薬分業や遠隔医療推進などの医療改革を進めようとするたび、国民の命を握るエリート集団の抵抗に遭ってきた。文在寅(ムンジェイン)前政権も20年に医大増員方針を打ち出したが、医師たちの反対に直面し、約1か月で挫折した。

 中でも医師の既得権を脅かす医学部増員は、妥協を常とする議会政治家の習性に染まっていない、検察出身の尹氏にしかできないと言える。問われるのは、政府全体で管理能力を発揮して混乱を最小限に抑えられるかどうかだ。失敗すれば政権の命取りになる。』

 

以上です。そもそも65%の医師増加(年約3000人→5000人)がかなり無理があるように思われます。医学部のキャパシティーをいきなり65%も増やせと言われても多くの大学で対応は困難でしょうし、新たに20も医学部を新設(だいたい1大学の医学部定員が年100人くらいです)するのは更に困難でしょう。あと医師が増えることで将来の収入が減るのが嫌というのは理解出来ますが、大規模なボイコットをして患者が行き場を無くすことに医師として心は痛まなかったのかという気がします。

あと、韓国は日本以上に少子化が深刻です。2023年の合計特殊出生率が0.72(!!)ですから、これが続けば1世代(20~30年)ごとに世代人口が1/3(!!)になる計算になります。もちろん子供の数は減っても当面は高齢者の数は増えますから、まず医師不足が来ますがその数十年後から驚嘆な医師過剰状態になると予想されます。その際はまた極端に医学部の定数を減らすなんてことをするのかもしれませんが。他人事ながら大変だなと思いました。

医療ニュース | m3.com