そう、なぜカメラマンではなく、写真家でもない、ましてやフォトグラファーでもない肩書き‥写真師なのか。
今までに色々と説明してきましたが、今までの由来は全て後付けです。
ただ、浮世絵師になぞらえれて‥というのは本当です。

ここでまたクエスチョン。
なぜ浮世絵師になぞらえれたのか?
それはですねぇ、現在の写真業界を見渡して、あまりに商業的、消費的傾向に行き過ぎているのではないかと、そんな疑問からスタートしたわけです。
要するに、グラビア写真や広告写真が写せない写真家が喰えないという現状に疑問を抱いたわけです。

なぜ、その様な状況で写真は芸術だと言えるのか?
アートにカテゴライズされていながら、あまりに商業的じゃないかと。
もっと純粋に、写真と向き合いたい。
芸術家ではなくて、伝統工芸的なスタンスで写真を写したい。
そんな思いがあった訳です。

本当は「写真職人」という意識が強かったんです。
日本人の持つ器用さ、繊細さ、そういったものを写真に吹き込みたい。
だから、浮世絵師に‥という説明になったと、自分ではそう思っています。
ですから、写真を写すという行為が、芸術作品を創るという行為とイコールで結ばれていないのです。
むしろ露出を決めて、絞りとピントを合わせてファインダー越しに見える被写体を、どう表現するかという思考と行為が、自分にとっては職人芸である訳です。
プリントも同様に、科学変化を操る工芸的なものと考えています。

以上の様な理論武装を経て、自分は写真師ヒロカツを名乗っていると、今ここに宣言します。
写真師とは、日本の伝統工芸に見られる繊細な技術をもって、写真表現をする者です。
その上で、写真技術とは工芸的作業であるという意識がなければならないのです。