7月以降の猛暑と記録的な少雨によって、西日本や東日本の太平洋側を中心に深刻な水不足が起きた今年の夏。
取水制限や減圧給水なんて言葉をニュースで耳にするほど、雨の少ない夏だった。
当然、僕たちが通うフィールドも例外ではない。
あちこちの野池やダムが、見たことのないほど大減水していた。
ただ、こういう状況も逆に考えれば悪くない。
普段は水の中に隠れている地形やストラクチャーを、自分の目で確認できる絶好のチャンスだ。
そう思い立って、ちょくちょく通っている野池やダムを見て回っていた。
そんなある日、シャック会長から連絡が入った。
「タックル落とした池、底が見えるくらい減水しとるよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭をよぎった。
もしかしたら……。
そんな一縷の望みを抱え、連絡をもらった翌日にはフィールドへ向かっていた。
そこにあったのは、見慣れたフィールドの姿ではなかった。
360度、無機質な土壁。
その中央には、バスケットコート一面ほどの小さな水溜まり。
とても「池」と呼べるようなものではない。
それでも、僕には探すものがあった。
以前、先輩から譲ってもらった大切なタックル。
それが水中へ沈んでいく光景は、今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。
当時とは景色がすっかり変わってしまっていたけれど、落とした場所にはだいたいの目安がついていた。
すっかり崖のようになった池の壁際を、四つん這いになりながら進む。
記憶を頼りに、ひたすら探す。
干上がった池底を何度も歩き回る。
1周。
2周。
そして3周。
それでも見つからない。
もしかしたら、先に誰かが見つけて持って帰ったのかもしれない。
もともと半分は諦めていた。
「しゃーないな…」
そう思いながら肩を落とし、ふと視線を足元へ落としたそのときだった。
土の中から、ほんの少しだけ何かが突き出している。
近づいてみる。
それは、紛れもなく見覚えのあるアンバサダーのハンドルだった。
泥だらけ。
サビだらけ。
それでも間違いなく、僕のタックルだった。
そして僕にとっては、トップウォーターバスフィッシングの原点とも言えるタックル。
正直、もう二度とこの手で握ることはないと思っていた。
だから、見つけた瞬間の嬉しさは、うまく言葉にできなかった。
たとえ、もう使い物にならなかったとしても。
こうして自分の手元に帰ってきてくれただけで、それで十分だった。
家に持ち帰り、とりあえず泥を落としてみる。
すると、想像していたよりもずっとキレイな姿が現れた。
そこで真っ先に頭に浮かんだのが、我らがWildFish渡辺さんだった。
そのままタックルを持って店へ向かい、事情を説明する。
そして、快く引き受けてもらった。
それから数日後。
WildFish渡辺さんから連絡が入った。
「復活!いろんな方からの協力、サポート頂きました。また直接お話しします。」
正直、状態が状態だっただけに、長期戦になることも覚悟していた。
もしかすると、完全な復活は難しいかもしれない。
そんな最悪の事態も頭にはあった。
それなのに。
こんな短期間で。
しかも、送られてきた写真を見る限り、驚くほどキレイな姿になっている。
思わず息を呑んだ。
後から聞いた話では、WildFishの常連さんである徳島県のトップウォータープラッガーの大先輩たちも、一緒になって補修を手伝ってくれたらしい。
そして、どうしても見つからなかったパーツまで譲ってくれた。
だから、直った。
一人では絶対に復活できなかったタックルが、たくさんの人の手を借りて帰ってきた。
その話を聞いて、改めて思った。
僕は本当に、周りの人に恵まれている。
感謝してもしきれない。
そして今日。
完全復活を果たしたタックルを持って、復帰戦へ。
小さいけれど、ブラックバスを釣ることができた。
ルアーはもちろん、FREIHEIT。
トップウォーターバスフィッシングを始めて、一番最初にこのタックルで釣ったブラックバスもこんなサイズだった。
まさに原点回帰。
このサイズ感が実に僕らしい。
2年と111日。
日数にすると、841日ぶりの復帰戦だった。
確実に歳を取り、少しずつ衰えていく僕とは違って、タックルたちは何も変わらない。
何年経っても、何度泥にまみれても、また黙々と仕事をしてくれる。
「お帰り。これからもよろしく。」
誰に聞かせるわけでもない言葉が自然と口から出た。
2026/9.30
Remnant mission
フライハイトルアーで
桜バス ☑️
スノーバス
スモールマウスバス
60






