歯茎閉鎖音の弾音化(1) | 英語の音韻論と、英語の発音と、ときどき日常。

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このブログは、筆者の大学・大学院での主専攻である英語音韻論や英語音声学を主とし、英語学、言語学、日常のこと、私の興味のあること等を纏めたものである。

筆者は2024年3月に大学院博士前期課程を修了。

質問等コメント大歓迎。

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 本日から『歯茎閉鎖音の弾音化』というタイトルのもと、いわゆる「フラッピング(Flapping)」や「タッピング(Tapping)」、はたまた「弾音化」として知られている発音変化について、文献利用を著作権に違反しない必要最低限に留め、解説していきたいと思う。

 

 なお、このブログは以前何度か投稿していた『/t/の有聲化・/t/の弾音化について その○』というブログのリメイクではあるが、前回の続きからというわけではなく、内容は完全に一新している。

 

 よって、記念すべき第1回目となる本ブログ記事では、『弾音化』という発音変化とは何か、簡単に見ておこう。

 

 なお、『歯茎閉鎖音の弾音化』というタイトルだが、基本的には日本人英語学習者にとってなじみ深い「/t/の弾音化」について解説していく。もちろん、余力があれば、/t/以外の歯茎閉鎖音の弾音化も解説していく予定である。

 

本記事の引用および転載は、一部分であっても絶対に認められない(2024.2.17)。無断引用や無断転載は、筆者がたとえそれに気づかなかったとしても、立派な犯罪である。日本学術振興会の研究倫理eラーニングコースを受講した君たちなら身に染みてわかるだろう。

 

  tの弾音化とは何か

 

 例えば、高等学校検定教科書である畠山ほか(2013)の発音のコラムには、「ラ行の子音のように聞こえる[t]の音」という題目で、「2つの母音に挟まれた[t]の音は、日本語のラ行の子音のように聞こえます」とある。

 

 もちろん、高校生向けの教科書なので専門用語は使われていないが、実はこれが「弾音化」である。

 

 また、「2つの母音」については、とくに「母音+[t]+アクセントがない母音」と「母音+[t]で終わる語]+[母音で始まる語]」という指定がある。これらの例として、前者はbetterとcity、後者はget upとa lot ofが挙げられている。

 

 ここでのポイントは「2つの母音に挟まれた」という、/t/の弾音化がどういった条件で生じるのか、という点にある。先に申し上げておくと、弾音化が起こる条件は「分節音的(Segmental)」な点においても、また「韻律的(Prosodic)」な点においても、非常に複雑である。

 

 であるから、例えば高校生のレベルにおいては、基本的に/t/の弾音化は「2つの母音に挟まれた」場合に起こると考えてもよい。

 

 竹林・斎藤(2008)

 

 では、英語の発音に特化した英語音声学書籍の記述はどうなっているだろうか。

 

 日本人英語音声学者が日本語で執筆した英語音声学書籍といえばいくつか種類はあるが、ここでは竹林・斎藤(2008)、松坂(1986)を例にとる。まずは竹林・斎藤(2008)を見てみよう。

 

 竹林・斎藤(2008: 86-87)では、「/t/に対する有声歯茎閉鎖音の/d/より長さが短く舌先と歯茎の接触もしっかりしていない」音を「『有声のt』(voiced t)」と呼ぶ。ここから「接触が更に不完全になると舌先が歯茎に軽く1回だけたたく動作を行う『たたき音(tap)』の[ɾ]になる」として、「米音の著しい特徴の一つ」であると紹介している。

 

 また、この音は「強い強勢を受けた母音と弱い強勢を受けた母音の間に現れる」(e.g., better, sitting, potato)という。

 

 『たたき音(tap)』の[ɾ]になる、といっても、日本人英語学習者にとっては、日本語のラ行の子音のように聞こえることが多いという。その理由は「日本語の『ラ行』の子音も[ɾ]に近いことが多い」からである。これについて、竹林・斎藤(2008: 87)は、「米音の『有声のt』は日本人としては必ずしも習得する必要はないが、これを聞き取る耳を養う必要がある」と読者に向けて忠告している。

 

 なお、本ブログの題目が「弾音化」であるのに対し、竹林・斎藤(2008)が「有声のt」という名称である点については、別の記事にて取り上げたい。今回は「弾音化」=「有声のt」と捉えても構わないが、実は意外と複雑だったりする。

 

 

松坂(1986)

 

 続いては、松坂(1986)である。

 

 松坂(1986: 130-133)では、「アメリカ英語においては、[t]はしばしば有声化する」とし、その[t]の有声化には、「単に声がかぶさって、一種の[d]になる場合」のほかに、「[t]が弾音(flap)[ɾ]になる場合」の2つがあるとしている。

 

 松坂(1986)のいう弾音[ɾ]とは、「声を出しながら舌を歯ぐきに1回だけいたたきつけて」作られる音のことを指すが、[ɾ]は「あくまでも歯ぐきの音であ」り、[ɾ]に近い聞こえをもつ日本語のラ行子音は、[ɾ]よりも調音位置が後ろである点に注意しなければならない。

 

 つまり、単純に日本語のラ行子音を発音するだけでは、[ɾ]を発音したとは言えないのだ。ほかにも松坂(1986: 131)は「日本人(英語)学習者は、[ɾ]を言おうとして側音を作ってしまうことがある」と忠告している。その改善策としては、やはり「舌先付近で[ɾ]を作」れるようにすることも大事だという。

 

 また、松坂(1986: 159)は、弾音化された /t/ の「出現の条件には、次のふたつがある」とし、「①語中で、直前に母音があり、直後に強勢のない母音があるとき(e.g., better)」または「②語末で、直前に母音があり、直後にも母音があるとき(e.g., at all)」のいずれかに当てはまると現れると記述している。

 

 

  まとめ

 

1.2つの母音に挟まれた[t]の音は、日本語のラ行の子音のように聞こえる(畠山ほか(2013))。この現象を「弾音化」と呼ぶ。

2.弾音化は米音の著しい特徴の一つである(竹林・斎藤(2008: 86))。

3.学者によって(音声学の本を執筆する筆者によって)、弾音化が起こる条件の記述が微妙に異なる。

 

 

  参考文献

 

松坂ヒロシ(1986)『英語音声学入門』東京: 研究社出版.

****(2013)「ラ行の子音のように聞こえる[t]の音」畠山利一ほか『BIG DIPPER English Communication』東京: 数研出版.

竹林滋・斎藤弘子(2008)『新装版 英語音声学入門』東京: 大修館書店.