私はこう思う。

 

問1・女性の幸福論を熟成させてから男女平等を語るべきなのか

答え・その通りです。

【理由】男と女の性の違いは、出産するか?出産しないか?であることから始めれば、体力や体格に違いは出れど、計算力や読み書きに差が生じることはないと思う。個々の個体では、それは差があっても当然であろうが、男女平均値で見れば、同じ水準と見ていい。ここで必要な思考は、「愛とは幻想か?愛とは妥協か?」、愛にまつわる産物を解明することではないか?と思う。「愛する男性の子供を産み育てたい」、「愛する女性に自分の子供を産んでほしい」、そうした想いが愛であるとするのならば、男女双方に合意であろうが、双方合意でなかろうが、その合意に価値などなく、一方的に想うことも、愛となる点を認識する必要があると思う。ではなぜ、そうした事が起きうるのか?は、それは愛とは、本能的欲求と理性的妥協が混合すると言えるからだと思う。「見た目、年収、学歴、家柄、地位、名誉」、そうしたものは、妥協するに値する容認できる価値基準として、「愛を妥協」させる。簡単に言えば、性愛や性格が不一致する男女でも、愛を妥協へと誘えば、その財産に惹かれたり名誉に惹かれたり、年齢差を超えて「妥協の愛」を手にすることとなるのである。そうした関係下でも、一方が出産を望めば、妥協の愛は、たちまち幻想に誘われ、愛へと昇華すると思う。女性は出産の道具ではないが、女性にしかできなことが、出産であるのだから、それを自ら捨てるようなことは、近い将来、女性器の人工化へと科学は進み、いつしかSF小説にあるような、人間は人工授精で人工培養液機から生まれ出ることになると思われる。それでいいのか?女性の皆さん?っていうことが主題とならければ女性の幸福さや男女平等は永遠に不確かなものになると思います。

 

問2・来月の大型10連休は誰の為の連休かは公務員と大企業正社員の為

答え・その通りです。

【理由】公務員は終身雇用です。定年まで勤めて退職金を受け取り年金生活者となります。生涯受け取る収入額は数億円と言われます。それに対し民間大手の大企業正社員は、業界によって差が出ますが、生涯受け取る収入額は、これも数億円となりましょう。そうした中で、10連休があって喜べるのは、そうした待遇面に恵まれた業界大手企業勤務の者か公務員と言えそうです。年中無休を課せられた業種や業界もあれば、真逆の開店休業で所得を得る者もいましょう。それが不平や不満となって、かつてはストライキが起きました。この10連休をとってみれば、政府は誰を優遇しようとしているか?お分りになると思います。「忖度した官界への労いでしょうか?」、「経済団体の協力に対し見返りの御褒美でしょうか?」、政府は、国民を見ているようで見ていないことでしょう。日銭商売の商店街や飲食小売店、非正規雇用者やアルバイト従業員は生計、収入に関わるだけに休み何処ではないでしょう。そして学生や生徒も休校では困るでしょう。小さなお子さんがいれば、その間、給食がないとか、食事の支度だとかで、時間管理が慌ただしくなりましょう。時間の使い方も、また一苦労となりましょう。病気やケガの心配も当然あります。一体、誰が喜ぶ10連休なのでしょうか?それは実は、「議員の為だ」とは、「大きな声では言えないことでしょう」が、多くの国民は知ってしまいます。「議員の休日の過ごし方」の情報公開があればです。

 

問3・仏パリのCが火災したのはテロなのか

答え・その通りです。

【理由】まずノートルダム寺院は火災保険に加入していたか?消火活動の手順は訓練通りに適切であったか?そもそも建物火災というリスクを事前に予測して防火策や消火策を講じていたか?そうしたことが不十分であったのならば、それは火災を招く状況をフランス政府は人為的に作っていた事となる。そして火災の後、フランス政府は直ぐに修復の為の募金を集めようとするあたり、「放火をして母屋の再建を狙った」政策に思える。そしてまた、突然の火災なのに死傷者が少ない点も、事前に予定された計画的火災だったことが窺えよう。2001年9月11日にアメリカ合衆国で同時多発的に実行された事件を今回想い出させた。

 

問4・人間は育ちがものをいうのか

答え・その通りです。

【理由】人間の価値は何だ?という答えは、一様に言えないでしょうが、人間の遺伝子は重要な要素だと言えます。そしてその遺伝子を良くも悪くもするのは、育つ環境だと言えます。「親からもらった容姿でアイドルとなるのか?風俗で働くのか?」、「教師になるのか?詐欺師になるのか?」、「警官になるのか?暴力団になるのか?」、自分を変えるのは自分ですが、その要因は環境であると思います。育ち方、育った環境、ですから大事と言えます。家庭、学校、社会、どれも人間の成長に大きな関わりをもたらします。教育は、国家の基本事業の一つと言われるのは、そうしたことからでしょう。例えば、「あの犬、お利口さんでしょう、しつけが良いからよ」と飼い主はいいます。そこにも、しつけという教育があります。「人間教育」を子供に怠ると、人間の姿をした動物が存在して、本能のまま生きることでしょう。それを抑える為、国家は学校教育の義務化を公益としたのです。そして幼児教育からそうした教育を行えば更なる効果が期待できると判断し、今回、幼児教育の無償化に政府は走ったようです。勿論、無償化となっても、少子化という頭数の減少により、その費用負担もかさばらないことから、一石二鳥との考えがあったと思います。「あの、森友・加計学園疑惑」は、そうした打算と構想があったことでしょう。

 

問5・同性婚を認めないのは親不孝となるからなのか

答え・その通りです。

【理由】自分勝手に生きる人々にとっては、同性婚は人としての権利として持つものと思っているでしょうが、「自分の子供が同性婚を望んだり同性愛者であったのなら」、親は悲嘆にくれるのが現代的家族観と言えましょう。そうした中、異端者である同性愛者をどのようにして社会的に接するのか?異端者との共存への道はどう模索するのか?それは簡単なこととは言えない今の情報化時代であります。もしも、天皇が同性愛者だったら?皇后が同性愛者だったら?日本ではどうなる?それはまさに反キリスト教の行為となり、紀元前の文明社会への回帰となります。紀元前の文明社会では、同性愛や近親相姦、児童性愛、不倫浮気は、禁断行為とされていなかった。むしろ領主貴族は喜んでしていたと思われる。「隣の住人が同性婚だったら、異臭や悪臭が漂うのであろうか?変な御経や祈り声が響き渡るのであろうか?」、ひとつ言えるのは、カルト教団や暴力団といった反社会勢力ではないのであるから、変わった生き物をペットとする家庭だと思えばなんとなく平常心でいられよう。但し、法の下ではどう扱うかだ?人間社会の倫理と道徳と良心が、今、揺らぐ判断となるのは確かなようだ。

 

問6・快適空間づくりの為には一人当たりの床面積の確保が必要

答え・その通りです。

【理由】オフィスで快適性を重視すれば、当然、一人当たりの使用床面積が一定な値で決まります。広すぎず狭すぎずといったところで、決まります。それは狭い敷地に建つマンションやビルに、より多くの世帯やテナントを入居設定できないということと通じます。また、隣り合わせで肩肘の触れ合うような座席では、窮屈で心地良くはありませんでしょう。同様に、デスクは何人掛けなのか?一人用のところを二人で使用?場良いによれば三人で使用?それは虐待の一種でしょう。快適な空間が作業効率を向上させることになりますから、使用定員数、収容定員数は厳守するのが当たり前と言えます。「息苦しい室温や湿度の中では、仕事どころではないでしょう、熱中症や死の危険さえ出てきます」。人を家畜よりも低く取り扱う風土があるのならば、見直されるべきでありましょう。心地良い空間で仕事をすることができるかは、収益力や資本金、社員数や給与賞与、有給日数とは別で、優良企業の見分け方になると思います。

 

問7・ヘイトスピーチは健全な言論社会に必要な言動といえるのか

答え・その通りです。

【理由】まずはこの問いはあります。「言いたい事が言えない社会は好きですか?」、「言いたい事があるのに、怖くて言えない社会は閉塞感があると思いませんか?」、「自分にとって不快だから、都合が悪いから、発言をするなという社会は、危険ではないですか?」、これは言論の自由を保障する社会にとって大変重要な事を指しています。ヘイトスピーチは、ナイフで人を切り付けた行為ではないです。ヘイトスピーチは、拳銃で人を撃った行為ではないです。ヘイトスピーチは、言論であって、直接的な殺傷能力はないです。むしろ言論による主張であって、その言論は表現の幅広さと言えます。表現は穏やかであっても、言論が過激であっても、それは言論活動においての、解釈の変化や翻訳の手法によるものであり、「赤い薔薇」といっても、そこで言う「赤い」は、人々によって色合いが違うのと同様、穏やかさや過激さなどは、心的作用を無限に変えるだけで、ヘイトスピーチの絶対悪とは認定できず馬鹿げていると思います。言論には言論で対抗するのが、自由な言論社会であるでしょう。表現、言論の自由が奪われるようなことであれば、報道の自由も統制されて消滅していくことでしょう。それは政治家の発言にも制限がかかり、民主主義社会は自由を失うことになります。「ヘイトスピーチは」、ですから、取り締まることは反民主主義となります。品格ある言論を求めれば、いいだけなのです。

 

最後まで、お読みいただき有難うございます。

私に幸あれ、あなたに幸あれ