先日、オーストラリア西部パース近郊にて、サメの襲撃事故が相次いだ。

5月31日にサーフィンをしていた男性が脚を食いちぎられ、6月5日にはダイビングをしていた女性が襲われた。被害者はそれぞれ死亡している(※1)。

 

 

サメ好きの自称社会学者として、「サメ=人喰いモンスター」という誤解を解くには私の使命の一つと考えている。

統計的に考えてみると、サメが原因で死亡する人は他の死因に比べてかなり少ない。

とあるデータによると(※2)、雷による感電死の方がサメの死亡事故より多い。ちょっとした笑い話だが、「海水浴をしてサメに襲われる確率よりも、海水浴場に行くまでに交通事故に遭う確率の方が高い」なんてことも言われる。

 

 

ただ、これだけだとどうも地に足付けた議論じゃない気がする。

 

統計的に極めて少ないとはいえ、サメによって命を落としている人は実際にいて、その人たちには家族もいる。

サメの問題でもう一つ挙げるなら、サメは時に漁師から害獣扱いされる。網を壊したり魚を気付付けて売り物にできなくするからだ。
「サメも売り物にすればいいじゃん」と考えるかもしれない。僕もそういうビジネスの推進派だけど、ことはそう単純じゃないようだ。
サメと人間の文化的なつながりをまとめた本『鮫』の著者である矢野憲一氏(1979)は、サメは確かに「ヒレ、皮、肉、骨、肝臓と完全に利用され、最後の一片の残りかすも餌料、肥料として出荷し、捨てるのは水洗の水だけだという加工」(p211)も可能だと記しているが、人件費、設備投資の面からみてかなり難しいことを指摘している。また、サメ肉は体に含まれる油や尿素が原因で取り扱いが難しく、しかも適切な処理はサメによって異なる。サメの全体利用への道はまだ遠い。

 

 

 

 

サメやその他海洋生物の保護に留まらず、何かに取り組んで価値を訴えていく人は、こういう微妙な問題に気付いて、それを分かったうえで一本の道を歩くべきだと思う。負の側面を無視したり、マクロなことばかり議論して地に足つけた視点を持てない人は、責任もって一つのイシューに向き合えない。

 

別の問題に置き換えるなら、積極的平和主義を支持するなら、自分自身が自衛隊として日本に直接関係のない国際紛争の戦地に派遣されることについて思考すべきだし、原発支持者として再稼働を本気で訴えるなら、被曝地域の人々の生活のことも考えるべきだ。一般の人が個人的な日常会話で「安保に反対する奴は全員左翼だ!売国奴だ!」とか、「電力問題とかヤバそうだし俺の家の近くに原発はないから原発再稼働は賛成」みたいな話をするのはありかもしれないけど、価値発信やコミットメントを行う人はそれじゃダメだ。

 

誤解のないように言うと、僕は「訴える価値に負の側面があることを理解した方がいい」と言っているだけで、「だから何もするな」とは言っていない。例えば本気で英語教育で日本を良くしようと思っているなら「英語よりも日本語だ!」とか「英語教育では塾や参考書業界の利権が動いている」みたいな批判を受け止めつつ、「英語はかくかくしかじかの理由で大切なんだ!」と発信して行動すればいい。

逆に言えば、覚悟や理解があるからといって何でもやっていいわけじゃない。「自分は死刑になる覚悟がある」と言って殺人を犯す人間に、皆さんは共感できるだろうか。

 

よく著書を拝読させていただく宮台真司先生もおっしゃっているように、「世の摂理は人知を超え」る。ミクロレベルにすると、「教育は教育意図を超え」、「人生は人生意図を超え」る。勝ち組になりたいというさもしくて世間知らずな理由から本気になった受験勉強が、「自分がさもしい人間だった」と気付ける人間に僕をしてくれたという実体験から言えることだ。


長くなったので端的に結論を述べるが、要は、「自分の進む道の先なんてよく分からないし、人間なんだからどこかで必ず間違う。それを知った上で進むしかない。間違うことを知らないでどんどん進むのも、間違うことが恐くて止まるのもダメ」ってこと。

 

「自分は◯◯が正しいと思うけど、それにはこんな問題があって、苦しんでいる人々がいる。もしかしたら自分が知らない◯◯の弊害があるかもしれない。それでも自分は◯◯の道を進む」

 

本気のコミットメントって、こうやって腑に落ちた感覚で決断していく人だけができるのではないだろうか・・・・・(自分への戒めも込めて)。

 

 


(写真は、先述した矢野憲一氏の著書『鮫』。『捕鯨』も読んだけど、この文化史シリーズは情報量が多くて読み応えあります)

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※1 それぞれの事件に関する記事はこちら

http://www.afpbb.com/articles/-/3089403?pid=17948103&act=all

 

http://www.afpbb.com/articles/-/3089513?act=all

 

※2 The Encyclopedia of Sharks (邦題:世界サメ図鑑)が紹介した統計によれば、欧米諸国では100人に1人の割合で交通事故で人がなくなり、8万人に1人の割合で雷の感電死で人がなくなるとされている。しかし、サメに襲われることによる死亡事故犠牲者は300万人に1人である。