二世帯住宅でうまく暮らすコツとは? 心理学者に聞いてみた
大好きな相手と結婚する。だからといって、幸せになれるかというと、そう簡単ではないのが結婚ですよね。ど..........≪続きを読む≫



一般的な二世帯住宅へのソフトランディング的なご意見ですね。


将来的には血のつながりの有無を問わず、二世帯といわず三世帯四世帯でリビングやキッチンをシェアしていく暮らしが子供のすこやかな成長に必要になると思っています。
複数の大人がつくる、寛い空間がこどもに必要なんです。
家自宅をにしたいなと考えている人はいませんか?


色んな人と暮らすのは楽しいようだけど不安の方がまさる、というのは当然ですね。
なにしろ、これまでの生活形態を変えないわけにはいきませんから。
けれど「一日の中の一定時間」とか「家の中の一部の部屋」をシェアするという考え方をするなら生活形態を変える必要はありませんよね。
誰にも侵されない個人的な空間と時間を持つことは必要です。それを確保しながらシェアする方向性は共に暮らすシェアハウスでも大切に考えたいです。


家シェア暮らしに向いていない人
□誰にも迷惑かけずに自分で生きて行くと決めている人
迷惑掛けてもいいんじゃない?と私は思っています。
というか、迷惑かけずに生きられる人はひとりもいないですよね。誰にも赤ちゃん時代はあるんですから。それに、手間暇かければ掛けるほど愛着がわくのは相手が人であっても言えること。手間暇かけることを「迷惑」というならば、病気の世話などを「迷惑」というならば、迷惑はかけてもいいんじゃない?と思うんです。人と人が繋がる切っ掛けになるし。
例えば買い物につきあってもらうとか、用事に車を出してもらうとかちょっとした「迷惑」は掛けあった方がいいかもしれません。

□強情な人、自分の殻から出られない人
自分の意志が強い人は、凛々しい美しさにつながりますね。自分軸を持って生きることは大切です。けれども成長過程で傷を負い、自分を守らなければ生きていけないと感じると殻にこもったり、強情になったりします。アトピーみたいですよね。アレルゲンに過剰防衛してしまうんです。心にシェルターを作っているので、シェルターの外の人と馴染むすべがないのです。世間で問題になっている「無縁」「孤独死」などにつながらないよう、普段からシェアする感覚をもつと良いのではと思うのですが。心の扉を開けるのは自分自身です。

□依存心が強い、自分のことを自分でできない大人
「誰にも迷惑を掛けない自立した生き方」を目指す根底には、ひょっとして依存心が強い誰かが近くにいたのかもしれませんね。親の介護が大変だったり、親の自分への依存心で縛られていた。自分だけはそうならない。子どもに迷惑かけない。と。親子の相互依存は、親が子供を私有物と見なすところから始まると思われます。「赤ちゃんであっても1人の人格をもっている」のであり、親は守護霊のように子どもの人格が無事に花開いていくように見守るというスタンスがもっとあれば、もっと自由になれるのではないかと思います。シェアぐらいにはルールがあるとはいっても、その家の豊かな文化を作るのは自立した大人の立ち振る舞いや言葉です。


なんでも自分がやり誰にも何もさせてあげない人、依存が強い人、自立と依存の両極端にいるとシェア暮らしは厳しいです。


家どんな人が自宅を解放しシェアするのに向いているんでしょう。
→1人暮らしだが仕事を持っていて、家庭料理をつくる手間暇が作れない。誰かほかに食べる人がいればたまには鍋もいいな。



→夫婦二人、夫の退職後の旅行を楽しんでる。夫は秘湯を制覇するつもりでいる。だから、せっせと暇を見つけては出かけるのだけど、実はガーデニングの趣味もあるの。植物が気になってジレンマ。だから犬も飼えない。いつも頼んでばかりじゃ申し訳ないし、お互いに生活のいろいろなこと助け合えるような人が近くに住んでたらいいんだけど。



→同じ敷地に息子家族がいて、ときどき、というか毎夕方はばぁば寺子屋がはじまるの。寺子屋っていってもいわゆる学童保育みたいな?遊ぶだけよ。本を読んであげたり、宿題があればみてあげたり。おやつを一緒に作ったり。孫たちの近所の子が来るようになってね。子どもは好きだからウチの夕方はにぎやかなものよ。



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家シェアハウスを求める声は世代を超えて高まっています。自宅をシェアハウスにして「集住する」上でどんなリスクがあるでしょう。


家まず法律的なリスクがあります。
既存住宅をシェアハウスに模様替えするためには、建築基準法・消防法上のチェックが必要です。
住宅→シェアハウス(寄宿舎)に用途変更されるわけで建築主事の許可が必要になります。
この問題についてはかなり論議を呼びました。一戸建てを改装したシェアハウスで、この基準にかなうものはほとんどないからです。一定の条件のもとに緩和してもいいのではないか、という方向ではありますが、いったん寄宿舎扱いとなった時点で、既存住宅をシェアハウスにするには全国的にかなり通りにくい状況になったと言えるのでしょう。その意味で、既存住宅に関しては共同住宅や宿舎として確認申請が下りている物件に限られることになります。


建築確認の使命の第一は国民の安全を脅かす違法建築を排除することとはいえ、人の暮らし方の実情に法律が追い付いていない感はありますね。
ただ、もしシェアハウスで火災が発生し被災者が出たり、近隣への延焼が出た場合にどうするのか。避難路確保はシェアハウスの管理者がきちんと責任をもって考えておくべきでしょうし、日本の法律では延焼については火を出した側には責任を問えないので、たとえば不安を取り除くための近隣説明などといったことも推奨すべきなのかもしれません。


家どんな住人が集まるのか?というリスク
「どんな人が集まるのか、ではなくどんな人と暮らしたいか。」
自分が同居する前提でのシェアハウスならば、当然そうなります。
収益性を求める賃貸経営としてシェアハウス運営をする場合も一般の賃貸物件より人物審査がキツメになります。なぜって、「責任」が生じるからです。ほかの入居者だけではなく、近隣への先述のような迷惑もシェアハウス管理人は一身に負うことになりますから、そりゃ、真剣になります。その上で空室率0パーセントに近い入居者を集めているわけです。


たとえば、個人的には「お互いに自由(時間・健康・経済)を確保するために集住する」というスタンスですので、最終的にはみんな(扶養家族は別として)が自立していくことが望ましいと考えています。そんな基準があってシェアハウスのルールを作るんですね。


現在は3世代シェアハウスに半分ぐらい滞在するなかで、お互いがある程度の自由(時間・健康・経済)を確保できて、イイ感じです。マア時々はイライラすることもありますけどね。
イライラを解決し快適生活のために何ができるか、と考えます。
袖振りあう縁の人たちと創造的に暮したい。その気持ちが大事だと思うんです。


家円満経営へのリスク
3世代シェアハウスの目標はしあわせの元になる自由を生み出すことです。その指針は三つあります。
1時間の自由を生み出すこと
2死ぬまで健康であること
3経済的に不自由をしないこと




3世代のいいところは、無いものを補い合えるところにあると思うんです。
知恵と経験などストックと時間のある熟年世代
健康と体力と活動力で世の中を創造する若い世代
熟年世代と若い世代をつなぐ幼年世代。ここへの投資が未来社会への貢献になり、大きなサイクルの中での経済的な循環が起きます。投資というのは、よく見守る、手をかけるということも含めて。子どもの本質をよく観察してサポートすることです。


3世代同居で子どもが健やかに育つ場、過去・現在・未来をつなぐ場ができます。
困った時に助け合うのは当たり前。さらにお互いのいいところを引き出しあうことができるなんてワクワクしませんか?


ただ血縁の場合、なし崩しに同居するともたれあいが起こり、主婦に負担がかかりすぎる昔ながらの同居形態になりうまくいかないことも多々あります。ひとりでいろんなことを抱え込まずに円満経営を目指すには、単なる3世代同居、二世帯住宅にしないことです。”マネジメントする”という考え方がとても大切だとおもうんです。



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