春になったら、母との同居を考えていた私たち。父が亡くなって3年。九州で一人暮らしの母との同居は私の夢でした。
料理上手な母に家事を任せ、働きに出よう!とも思っていました。
旦那Zooも母との同居を心から歓迎してくれていて、あとは慣れ親しんだ故郷を離れる母の決心を待つばかり。
そんなある日、義父が末期の肺癌であることが判明。元気だと思っていた義父が、目を疑うほどにげっそりしていて涙が込み上げるほどでした。
退院したばかりで、介護認定1の義母にはお世話できる状態ではないことは一目瞭然。うちで引き取ることに。。。
こんなに涙が出るのだろうかと思うほどの涙が次から次と溢れて来ました。
義父のことを思って泣いたのではありません。
自分の母親を思っての涙です。
一緒に暮らすことが出来なくなったのです。
たまに上京して、孫と接することも出来なくなるのです。
本当にわんわん泣きました。
料理上手な母に家事を任せ、働きに出よう!とも思っていました。
旦那Zooも母との同居を心から歓迎してくれていて、あとは慣れ親しんだ故郷を離れる母の決心を待つばかり。
そんなある日、義父が末期の肺癌であることが判明。元気だと思っていた義父が、目を疑うほどにげっそりしていて涙が込み上げるほどでした。
退院したばかりで、介護認定1の義母にはお世話できる状態ではないことは一目瞭然。うちで引き取ることに。。。
こんなに涙が出るのだろうかと思うほどの涙が次から次と溢れて来ました。
義父のことを思って泣いたのではありません。
自分の母親を思っての涙です。
一緒に暮らすことが出来なくなったのです。
たまに上京して、孫と接することも出来なくなるのです。
本当にわんわん泣きました。