PHANTOM CLUB~ファンタム・クラブ~

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ねこのいない暮らしが始まりました。喪失感。

昨年(2025年)11月の終わりから2週間ほど、緊急入院しておりました。

原因特定できずの急性腎機能障害。

手術などの大事には至りませんでしたが、年が明けてもしばらく回復せずにおりました。

半年以上が過ぎて、今は完全に回復しましたが、油断はできません。


以下に記すのは発端から入院、退院までの備忘録です。noteから転載。こちらにも記録として残しておきます。




●11.22 土曜 映画【爆弾】を観に行く。上映開始1時間ほど前から身体のダルさを憶える。映画を終えて劇場を出るとダルさは酷くなっていた。真っ直ぐ帰宅して熱を測ると38.1℃。これが始まりだった。


●11.23 日曜 熱下がらず1日寝て過ごす。下がらずどころか順調に上がり続け、夜には39.1℃まで上がり食欲もガタ落ち。こりゃヤバいと焦る。

●11.24 月曜(祝) 熱一時的に平熱レベルまで下がる。が、夕方からまた上がり始める。

●11.25 火曜 37度台まで熱上がり、ひとまず病院に行くことにする。インフル抗原検査をしてもらうも陰性。風邪こじらせたんですかねえ?とカロナール処方され、帰宅。仕事は休んだ。

●11.26 水曜 熱また39度台まで上がる。カロナール効いてる気がしない。翌日再び病院行くことにする。

●11.27 木曜 通院。インフル・コロナ等20種類ほどの抗原検査を受けるも陰性。レントゲン、CTまで受けた後、医者から腎臓周辺に炎症が見られる。抗生剤の点滴をした方がいいので入院を、と言われそのまま緊急入院となる。

●11.28 金曜 前日から点滴を受け続けるも熱下がらず。

●11.29 土曜 発端から1週間経ってしまった。妻に着替え等持ってきてもらうよう連絡。
直後、医者から腎臓機能が低下していてまずい状態になっていると言われる。このまま悪化すると透析が必要になるかもしれないが、その設備がウチにないからと、市民病院への転院を半ば強引に決められる。やって来た妻に転院を告げて、そのまま救急車で市民病院へ。
市民病院での入院生活が始まる。

●11.30 日曜 点滴と採血などされつつ不安な入院生活が続く。因みに転院前から食欲皆無で、ほとんど食事らしい食事を採れていない。

●12.01 月曜 腎臓機能が回復傾向にあり、透析の必要はなくなったと告げられホッとする。が、念の為腎生検(腰から針を刺し腎臓の組織を採取する)を明後日(3日)実施すると告げられ、暗い気分になる。

●12.02 火曜 朝主治医がやって来て、腎臓機能が回復してるので、翌日予定していた腎生検も無しで、明日退院しましょうと言われる。まさかの展開に小躍り。妻と母に連絡する。
午後、ちまちまと荷物まとめてると主治医来訪。明日の退院無しと告げられる。腎機能は回復したが、発熱が治まらない問題を忘れていたということで、今しばらくの入院検査を言い渡される。がっかりして落ち込む。

●12.03 水曜 朝6時から血ィ抜かれる。発熱が続いてる原因が特定できないらしく不安が募る。発熱が続いてると言ってもほぼ37℃台で、頭痛もしなくなってるんだが。
検査結果次第では金曜退院できるかも、と言われ一縷の望みを持つ。
洗濯物など持って妻が来る。転院前のF病院からの請求書を持ってきた。金額見て暗澹たる気分になる。2日半でこれなら現状だといくらになるのか、どうやって支払うのか。気分が悪い。

●12.04 木曜 結局翌日(金曜)の退院は無くなり、落ち込む。個人的には微熱が続いてることよりも、食欲をなんとか戻したいんだが。

●12.05 金曜 朝6時から大量に血を抜かれる。血液培養なる検査をするそうだが時間かかるらしく、土日を挟むことを思うと、週が変わってもまだこのベッドの上なのだろう。気持ちは落ち込むばかり。

●12.06 土曜 夜中に頭痛がしてカロナールをのんだおかげか、発熱は36℃台で落ち着いている。前日から朝の食事をパン食に変えてもらったんだが、ご飯より食べやすい。入院してから1週間以上全く食欲がわかず、出された食事もほとんど手をつけられないような状況だったのだが(その為点滴で補給)。
パン食で久しぶりに食事らしい食事ができたためか、昼、夜も7割〜8割方食べられるようにはなっていた。
土曜なので血液検査等もなし。食べられるようになってきたためか、点滴の管も外された。熱はほぼ1日36℃台を維持するも、就寝前に37.8℃を記録。仕方ないのでカロナールを飲んで寝る。

●12.07 日曜 12月も1週間経ってしまった。昨晩のんだカロナールのおかげで、朝の体温測定は36.8℃。
昼御飯のあと検温。37.2℃で、また微熱かとがっかり。その後主治医来訪、体調を尋ねられる。そりゃあ、微熱もあるわけだから絶好調とはいかないけれど、38℃39℃と高熱にやられていた頃のようなつらさはない。明日の血液検査の結果で退院するか判断しましょうと言う話にはなったが、さて。

●12.08 月曜 朝の検温からずっと36℃台をキープできてる。昨晩はカロナールのんでない。
主治医来訪、今日の血液検査の結果次第では退院…という話になったが、ヌカ喜びの前列があるので信じきれぬ。そして晩飯終わってもどうなったのか、どうなるのかわからぬまま。
しばらく悶々としていると、やっと主治医が来訪。血液検査の結果、数値が下がっていることと、前日夜からカロナール無しで体温36℃台を維持できていること等から翌日の退院と告げられた。
とはいえ12月3日の前列があるので一応「また後からやっぱり退院無し、なんてコトないですよね?」と念押し。晴れて退院が決まる。
 
●12.09 火曜 退院の日。朝から一応検温はあるが、その他検査は無し。粛々と退院準備を進める。
午後イチで妻が迎えに来てくれたので、主治医から2人で説明を受け、退院手続き。
退院、と言っても完全に無罪放免というわけではなく、しばらくは外来通院にて経過観察というコトにはなる。まあ仕方ない。なんにしても2週間ぶりの娑婆である。シャバダバシャバダバ〜♪
2週間の入院生活では、出された食事のほとんどを食べられなかった(ニオイなどで気持ち悪くなる)ために、明らかに体力筋力は落ちている。うちはクルマが無いので、妻と2人バスにて帰宅。
その後何度か検温してみるも、36℃台をキープ。この状況を維持したい。
3日前くらいから少しずつ食欲も戻りつつあり、晩御飯は久しぶりにちゃんとした食事を摂った気分だった。
仕事への復帰は未定だが、まずは体力(筋力)回復から。金曜からの外来診察でも、良くなってくれてるといいんだが。
 
あと問題なのは性欲減退。ほぼ毎日のようにあった朝●ちが、入院以来無い上に、その手の画像や文章(小説)にも反応せずなのだ。
まあそれどころではないと、カラダの方が優先順位を下げてるんだろうが、これでは現在執筆中の作品が滞ったままだ。
とはいえ焦っても仕方ないので、とにかく肉体の回復を待つばかりである…。

三年前の2月にくぅちゃんを、5月にぶーを立て続けに亡くして、いつかはこの日が来るとは思っていましたが。


トロが旅立ちました。


6月のある日、夕方外出したきり一晩戻らず。

翌日帰ってきたけれど、何故か人間を怖がるような素振りを見せはじめ、下駄箱の下や段ボールの中などに隠れるように。まるで人が変わってしまったように、何かを怖がっているような行動が増えて。

同時に頬のあたりに塊のようなものができて、食欲も落ちていたので病院連れていくと、何かの肉腫らしいと。なにか世界でも珍しい疾患らしいと。つまり何にもわからない。

手術してもらい肉腫は切除したのだけれど、食欲はあまり戻らない感じで、食べるご飯食べないご飯がはっきりしていき、少しずつ痩せていきました。

それでも人を怖がるような素振りもなくなり、以前のように夜は俺ら夫婦の側に来て、一緒に寝たり。


何度めかの通院で、ダメらしいと宣告されました。

例の肉腫のせいらしい。

元々色々疾病持ちではあったんだけど、一番やんちゃで元気一杯で、手がかかるけれど楽しい子でした。ずっと抱えてきた病気がここにきて出たのかな。

 

本人は元気なんだけど、食べないのでどんどん痩せてく。やがて左半身に麻痺が出て、歩けなくなり、8月に入ってからはずっと寝たきりでした。

 

2011年に、うちの庭にふっと現れ、ガラス戸越しにうちの中に入りたがり、結局こちらが根負けして、家族になりました。



くぅちゃん、ぶーとは微妙な距離感で、仲良いときもあればしょっちゅう怒られたりしていて、やんちゃな末っ子みたいな存在でした。

 

楽しかったよ、トロ。

ありがとう。

 

























 



早いもので、今日はぶーが亡くなって3年めの日。

亡くなって1年くらいはくぅちゃんと同じように、いないのにそこにいるような感覚で、とにかく毎日毎日つらい悲しいで過していたけど、ようやくそれもなくなった感じ。でも、Twitterに流れてくる黒猫の画像とか見ると、かわいいなあと思うと同時にさびしくもなる。

やっぱり寂しい。