心霊現象
私は母が新興宗教にのめり込む姿を見て宗教をずっと毛嫌いしていました。
しかし、そんな私にも転機が訪れました。この出来事を境に見えない世界の存在を受け入れざるを得なくなったのです。
今から13年位前でしょうか。
サーフィンに行った帰りでの事です。
記念にプリクラを撮ろうと
友人3人で撮影した時の写真に、間違いなくそこには居ないはずの手が友人の肩にかけてはっきりと写っていました。(今でこそ分かるのは友人の一人E君が霊媒体質であり、そのエクトプラズムを使用して私の守護霊がメッセージを送ってくれたという事です。)
勿論、後ろには壁があり、人が通る筈はありませんし、隠れる場所もありません。全員の手はちゃんと在りました。明らかに心霊写真でした。
その手だけは肌の色は青白く写っていました。
その時は皆が、不思議な出来事に不安を覚えました。友人が知人のお坊さんに聞いてくれたところ、燃やして供養した方が良いと聞きました。写真はその通りに燃やしてしまいました。
その時は見えない世界を認める様で気まずい感じでしたが、母にも見せました。私が今まで否定的だったのに何だか複雑な心境でした。
ここでその時の写真を証明出来ないのがとても残念です。
それから一週間も経たない内に私は右手首を骨折しました。
3人の中で骨折などの事故にあったのは私だけで、他の友人は無事でした。あの写真は私への警告であった事をその時、更に実感しました。
『手首を骨折するから注意しなさい。』
ではなく、
『手を出してはいけない。』
そういう意味だったと今では受け止めています。
私はいけないと知りつつ過ちを犯しました。手を出してはいけないのに、手を出してしまった。骨折して痛い思いをするのは当然の報いだったと思います。
自業自得でカルマが返って来たのです。
なのに、私はその時に自分の行為の愚かさにすら気付く事が出来ませんでした。
せめてもの救いは、見えざる世界が確実にあるとの確信を持てた事でした。
また、守護霊の本当の目的はむしろこちらにあったのでしょう。
“ 私に霊的世界を意識させる事 ”
それからは何故、死後の世界が存在しているのか。人は何故、生まれ、そして死んでいくのか。そうした根源的な事に強く感心を抱く様になりました。
どうせいつか死ぬ命。
ならば限りある人生を悔いなく生きたい。意味のある人生を歩みたい。
時間があれば精神世界に関する本、成功哲学本、自己啓発本などを読む様になって行きました。
こういった心霊現象は自分が体験しないと疑念を抱くのも当然と認識しております。裏を返せば、経験に勝る確信もないと思います。
この出来事が、後に起るスピリチュアリズムとの出会いへと発展するのですが、思えばその心霊現象があったからこそ今が在るわけで、それも私の成長スピードに歩みを合わせる形で忍耐強く計画的に行われていたのだと守護霊の導きに感謝が湧いてきます。
私は母が新興宗教にのめり込む姿を見て宗教をずっと毛嫌いしていました。
しかし、そんな私にも転機が訪れました。この出来事を境に見えない世界の存在を受け入れざるを得なくなったのです。
今から13年位前でしょうか。
サーフィンに行った帰りでの事です。
記念にプリクラを撮ろうと
友人3人で撮影した時の写真に、間違いなくそこには居ないはずの手が友人の肩にかけてはっきりと写っていました。(今でこそ分かるのは友人の一人E君が霊媒体質であり、そのエクトプラズムを使用して私の守護霊がメッセージを送ってくれたという事です。)
勿論、後ろには壁があり、人が通る筈はありませんし、隠れる場所もありません。全員の手はちゃんと在りました。明らかに心霊写真でした。
その手だけは肌の色は青白く写っていました。
その時は皆が、不思議な出来事に不安を覚えました。友人が知人のお坊さんに聞いてくれたところ、燃やして供養した方が良いと聞きました。写真はその通りに燃やしてしまいました。
その時は見えない世界を認める様で気まずい感じでしたが、母にも見せました。私が今まで否定的だったのに何だか複雑な心境でした。
ここでその時の写真を証明出来ないのがとても残念です。
それから一週間も経たない内に私は右手首を骨折しました。
3人の中で骨折などの事故にあったのは私だけで、他の友人は無事でした。あの写真は私への警告であった事をその時、更に実感しました。
『手首を骨折するから注意しなさい。』
ではなく、
『手を出してはいけない。』
そういう意味だったと今では受け止めています。
私はいけないと知りつつ過ちを犯しました。手を出してはいけないのに、手を出してしまった。骨折して痛い思いをするのは当然の報いだったと思います。
自業自得でカルマが返って来たのです。
なのに、私はその時に自分の行為の愚かさにすら気付く事が出来ませんでした。
せめてもの救いは、見えざる世界が確実にあるとの確信を持てた事でした。
また、守護霊の本当の目的はむしろこちらにあったのでしょう。
“ 私に霊的世界を意識させる事 ”
それからは何故、死後の世界が存在しているのか。人は何故、生まれ、そして死んでいくのか。そうした根源的な事に強く感心を抱く様になりました。
どうせいつか死ぬ命。
ならば限りある人生を悔いなく生きたい。意味のある人生を歩みたい。
時間があれば精神世界に関する本、成功哲学本、自己啓発本などを読む様になって行きました。
こういった心霊現象は自分が体験しないと疑念を抱くのも当然と認識しております。裏を返せば、経験に勝る確信もないと思います。
この出来事が、後に起るスピリチュアリズムとの出会いへと発展するのですが、思えばその心霊現象があったからこそ今が在るわけで、それも私の成長スピードに歩みを合わせる形で忍耐強く計画的に行われていたのだと守護霊の導きに感謝が湧いてきます。
