焼肉、ステーキ、ハンバーグ、牛丼、カツ丼、美味しいですよね。
分かります。
大好きでたまらない。
嫌いな人を見つけるのが難しいですよね。以前は私もそうでした。
「命が大切であるのは分かる。
でも牛や豚、鳥は食用に生産されてるんだから良いんだ。」
人間は食物連鎖の頂点だから家畜は人間の為に存在すると思っていました。
世の中の常識、肉食が当たり前の社会を疑いもせずにいました。
家畜の命は物なのでしょうか。
もし、あなたが家畜として
この世に性を受けていたら…
ご自身の身に置き換えて想像してみて下さい。
あなたはどう感じるでしょう?
ほのかさんのブログから転載させて頂きました。
http://s.ameblo.jp/sacred-bo-tree/entry-11234756388.html
シャロン・ギャロン
のヨガ&ベジタリアニズムから
かつて私は外国の農場のトサツの映像を見て、初めて
自分の口にする食べ物が生きている温かいやさしい目をした動物だと認識しました。
それまでずっと欲に負けて避けて気づかないふりをしていた事実でした。
この本はヨガの哲学に沿い教えてくれます。
ブラーマチャーリャ
について書かれている章があります。
ブラーマチャーリャとは
性行為による創造的な力に敬意を払うことであり、それによって他人を操って性的に乱用しないことを意味しているんだそうです。
セックスとは命を創造する力のこと
性的エネルギーが賢明に使われた時、分離や他の存在を無くす手段となります。
性的エネルギーが他人の搾取や騙すために利用されると、それは私たちをさらに深い分離と無知へと導きます。
人間はこれを、農場で飼っている他の種に対して繰り返し行っています。
動物への性的虐待は私たちの社会にすっかり根付いていて、遺伝子の組み換え操作や強制妊娠のための人工受精、繰り返し行われるレイプと子供の虐待が、畜産 と分類されているのです。
工場式農場の動物たちには、普通の性行為がゆるされていません。
もっとも制限された動物たちは、同じ種の別の性別の一員を一度も見ることすらありません。
工場式農場で産まれた全ての動物は、人工受精を受けた母親から産まれるのです。
その母親達は、労働者から妊娠するために何度も何度も強引なレイプを受け、妊娠する力が低下した果てには、精肉化されてしまうのです。
精子提供者として選ばれた雄は、利用されて乱暴に扱われ、絶え間ないフラストレーションとともに生き、最後には雌と同様に食肉用に殺されるのです。
例を挙げれば、精子提供のために選ばれた雄の豚は、農場労働者によって睾丸やベニス、包皮をこすられ、マッサージされる事で、射精するまで縛られ制されるのです。
農場労働者は動物のベニスをつかみ、プラスチック製の収集パイプに狙いを定めます。
そのような行為は、暴力的で粗野で動物を侮辱するものであり、この仕事によって報酬を得る農場労働者にとっては非人間的な事でもあるのです。動物への日常的な性的虐待法は、私たちが自然や生命の奇跡や美からどれだけかけ離されているかを表しています。
肉を食べるという行為は、フェミニスト的な問題としても捉える事ができます。
私たちが女性の権利を信じるのであれば、雌の動物たちが牛乳や卵、そしてその子供を搾取される方法を、大目に見たり支持する事などできないはずです。
工場式農場の動物は、搾取しやすくたくさんの子供を産み、乳を提供するということで大半が雌なのです。
これは農業の歴史上でも同じことなのです。
この社会は
女性(母なる自然)
の搾取に基づいていて、肉や卵、乳製品を食べる事は、私たちの必須とされる部分に他なりません。女性が平等に扱われるべきと感じるのであれば、女性たちの解放の望みを、人種や宗教、種に関係なく、全ての女性に対して持つべきです。
ヨガは、他人に対して行うことは、最終的には自分に対しておこなうようになるということを教えてくれます。
他の種の女性の権利を尊敬できずに、どのように人間の女性の解放を望めるのでしょうか?
それでは、現代の酪農牛たちに何が起きてるのかを調べてみましょう。
牛乳は、酪農施設内にあるコンクリート床の小さな小屋に住み、太陽を浴びたことも、大地の土や芝生を踏んだこともありません。
その乳牛はまだ1歳にもなっていませんが、首を鎖で縛られたままの状態で、数時間前に最初の子牛を産んだばかりです。
横になろうと試みても簡単にはいかず、そうすればするほで元の姿勢に戻るのが難しくなるばかりです。
子牛がすぐそばにいるのをわかっていても、鎖の存在が子牛に近づくことを困難なものにしています。子牛が授乳されるのはそう長くなく、ほんの少しの時間だけです。
すぐに農場の人がやってきて、子牛を母親のもとから連れ去って行きます。
その人は母親に向かって残酷な言葉を大声でがなりたてるのです。母親は首を回して一体自分に何が起きているのかを探ろうと試みますが、どうしても鎖が邪魔をしています。その母親は泣いている子牛に向かって泣き叫ぶのです。
それからしばらくすると、生まれたばかりの子牛の鳴き声も聞こえなくなります。その子は"子牛施設"へと運ばれ、鳴き声も母牛に聞こえる範囲から遠くなってしまいました。牛舎に残された母牛の乳首からは乳が垂れ落ちています。
現在牛乳絞り機は、機械的に母牛の乳首を締め付け、本来であれば子牛に与えらはれるはずの生命力を吸い上げ、空っぽにしてしまいます。
その機械的はその後も1日二回、さらにほぼ毎日同じ事を繰り返し行います。母牛は泣きながら自分の子牛に何が起こったのかを必死になって知りたがります。その牛は何週間も悲しみを感じながら意気消沈した日々を送るのです。
そのあとすぐに農場の人が母牛のいる牛舎に戻ってきます。その牛は人工的に授精させるために鎖に縛られ、身動きも出来ずに無防備状態となっています。
子牛を産み、そして奪われ、機械によって過度に牛乳を絞られた末、今からレイプされるところなのです。農場の人は、まず自分の手を肘のところまで母牛のの膣内に入れて開き、子宮の位置をあらかじめ見つけておきます。その後、長いステンレス製の人工授精用の注射器を持ち込み、その牛の膣の中に精子を注入するのです。これにより、授乳期でありながらも妊娠するのです。牛がミルクを生産するためには、妊娠しているか授乳期である必要があり、現代においてはミルクを生産出来ることが雌牛の生存理由となっているのです。雌牛は工場式農場という収容所の中で、牛乳生産機械か奴隷として考えてられています。
1940年に、アメリカでは一般的な乳牛は毎年2トンのミルクを生産していました。現在、乳牛は人工授精や遺伝子工学、抗生物質や成長ホルモンと格安の栄養強化された餌のおかげで、毎年10トンものミルクを生産しています。牛がそれだけの量のミルクを生産する事は不自然であり、抜本的な手段が必要となります。牛は本来は、植物だけ食べるヴィーガンですが、利益を生むだけの量のミルクを生産できるようになるため、強制的に他の動物の肉が与えられるのです。現代の農場では、鶏、七面鳥、牛、豚、ヤギに栄養強化された資料を与える事は、共通して行われています。強化飼料は、遺伝子組み換えされたトウモロコシや大豆、オート麦、または小麦に、殺された動物の引き裂かれた残りの肉を混ぜて作られます。引き裂かれた肉には、農場で育てられた動物たち(鶏、七面鳥、豚、羊、ヤギや牛)の体の一部だけでなく、動物実験、動物園、学校、動物保護センター、サーカス、販売目的に子犬や猫を育てる施設で死んだ動物や事故死した動物、そして魚までもが含まれているのです。FDA(アメリカ食品薬品局)は、狂牛病の京劇な発生以来、牛に与える餌に他の牛の肉は入っていないと言いながら、強化食品には牛の脳や脊髄が含まれているのです。
牛舎で首に鎖が付けられたまま、毎日のようにコンクリート床に立っている以外は何もする事のない妊娠した乳牛は、ミルクが出なくなる出産二ヶ月前になるまで、毎日何度もミルクを絞り機に搾られることを我慢します。その場にただ立っているだけでも、その牛の体はミルクを作ると同時に子宮の中の子どもを養うために懸命に働くのです。その牛が使い果たすエネルギーは 、人間が毎日六時間のジョギングを行うことに等しいと言われています。しかし、この乳牛は動けないために何の運動も出来ず、いっぱいになって重く膨れ上がり痛ましくなった乳房はコンクリートの床に垂れ落ちます。ミルク絞り機は時々乳房に切り傷を作り、ズキズキした痛みの原因になり、時には電気ショックを与えて牛が持続的に不安と 恐怖を感じるようにするのです。
その乳牛は4歳になるまで毎年妊娠させられます。その歳になるとその牛は肉体的にも感情的にも弱ってしまっていて、ミルクの生産量も目に見えて衰え、ミルク絞り機のラインから外れる予定を立てられます。
農場の人が到着し、その牛の人生で初めて牛舎の鎖から解放されます。農場の人は乱暴にその牛を押して連れ出そうとします。初めてのことに牛は怯えて混乱し、 足はとても痛むのです。それでも作業員は牛を強制的に歩かせます。一度も歩いた経験がない牛は、自分が一体何をすればいいのか見当も付きません。私手荒くら押し出され、電気ショックを与える装置で牛を急がすことで、なんとか牛舎から外に出られるようになります。
このことは、四年間同じ牛舎にいた他の牛たちにも起きることです。
そして、すべての牛たちは大型トラックに乗せられます。その牛たちは、太陽の日差しというものをそれまで見たこともありません。自分たちがいた「ミルク生産施設」の牛舎以外は何も見たことが無いのです。牛たちは、世界が暗くなり、再び明るくなるまでの長い時間を移動していきます。
トラックが停車し、ドアが開けられると再び人の力で押されて引っ張られ、牛たちをトラックから降ろします。牛たちは同胞の悲鳴を耳にし、血の臭いを嗅いで恐怖を感じます。牛たちが恐怖を感じれば感じるほど、牛を扱っている人は早く動かすためにさらに暴力的で気が短くなり、彼らを引いたり蹴ったりするのです。中には力が尽きて倒れてしまう牛もいます。牛を扱う人は倒れた牛を立たせ、再び歩かせるために、蹴ったり電気ショック棒を使用するのです。それが上手くいかない時は、水が出るホースを鼻に当て無理やし立たせてからトサツ場へ歩かせます。
その雌牛はどうにかして新しいビルに入っていきます。彼女は何となくその場所から死の予感を感じとるのです。逃げる事はできず、以前と同じく体を動かし回すこともできません。
労働者が鉄製の小さな弾丸を彼女の頭部に撃とうとして牛が動いてしまい、弾丸は左の眼球に当たってしまいます。彼女の重たい体は片足に足かせをかけられた状態で引っ張られ、空中にぶら下げられます。彼女は苦痛と恐怖を目の当たりにするのです。泣き叫んでも誰も聞いている人などいません。よく切れる、最悪の場合は切れ味の悪い包丁を持った男が彼女の喉を切り裂き、ぱっくり開いたその傷に自分のてを突っ込んで気管を引っぱり出します。彼女は逃れようともがきます。自覚があって意識を保っているけれども、彼女を助けてくれる人など誰もいないのです。逆さまに吊され、死に至るまで血を流し続けます。次に別の男が彼女の手足を切断し始めます。男たちが彼女のお腹を裂くと、子宮の中にいた子牛が殺戮の床に落ちてきます。
かつては「ミルクマシーン」として扱われていた彼女の体は、今や食用肉となり果て、ついにはファーストフード店の安いハンバーガー肉になろうとしています。彼女のお腹にいた子牛はどうなったのでしょう?
子牛の皮は剥がされ、子牛の柔らかい皮は「なめし革」としてうられます。
一部抜粋
パタンジャリ氏は、健康と活力はブラーマチャーリャを確立させた人、すなわち敬意をもって性的な扱いをする人に訪れるものであると明確に話してくれています。
もし健康になりたければ、まず私たちが食べている動物たちにもたらしている苦痛や病気、不健全についてよく考えるべきなのです。私たちは他の生き物に対してたくさんの病気の原因を作りながら、自分たちの健康を要求することが本当に可能なのでしょうか?
一部抜粋
ヨガ&ベジタリアニズム
スピリチュアル・ダイエット
悟りへの食
シャロン・ギャロン
~以上、ほのかさんのブログから転載させて頂きありがとうございました。~
◎家畜も痛み、苦しみ、恐怖を感じる命在る動物という事実。
◎人間は食物連鎖の頂点ではない事実。
(歯の構造から草食動物として創られています。)
◎地球温暖化の一番の原因は家畜のメタンガスによるという事実。
◎家畜に与える穀物があれば途上国の人々の飢餓がこの世からなくなるという事実。
◎動物性脂肪でしかガン細胞は成長しないという事実。
◎スピリチュアリズムとヨガの教えに合致した見解。(虐待という負のカルマが自分に返る)
これらの事実を知っても
それでも食べるという方は
どうぞご自由になさって下さい。
私には止める権利も強制もできませんしするつもりもありません。
負のカルマから痛み、苦しみのリスクを抱えて学ぶ事を選択されるのは本人の自由ですから。
あなたはまだ、
お肉を食べたいと思いますか?
分かります。
大好きでたまらない。
嫌いな人を見つけるのが難しいですよね。以前は私もそうでした。
「命が大切であるのは分かる。
でも牛や豚、鳥は食用に生産されてるんだから良いんだ。」
人間は食物連鎖の頂点だから家畜は人間の為に存在すると思っていました。
世の中の常識、肉食が当たり前の社会を疑いもせずにいました。
家畜の命は物なのでしょうか。
もし、あなたが家畜として
この世に性を受けていたら…
ご自身の身に置き換えて想像してみて下さい。
あなたはどう感じるでしょう?
ほのかさんのブログから転載させて頂きました。
http://s.ameblo.jp/sacred-bo-tree/entry-11234756388.html
シャロン・ギャロン
のヨガ&ベジタリアニズムから
かつて私は外国の農場のトサツの映像を見て、初めて
自分の口にする食べ物が生きている温かいやさしい目をした動物だと認識しました。
それまでずっと欲に負けて避けて気づかないふりをしていた事実でした。
この本はヨガの哲学に沿い教えてくれます。
ブラーマチャーリャ
について書かれている章があります。
ブラーマチャーリャとは
性行為による創造的な力に敬意を払うことであり、それによって他人を操って性的に乱用しないことを意味しているんだそうです。
セックスとは命を創造する力のこと
性的エネルギーが賢明に使われた時、分離や他の存在を無くす手段となります。
性的エネルギーが他人の搾取や騙すために利用されると、それは私たちをさらに深い分離と無知へと導きます。
人間はこれを、農場で飼っている他の種に対して繰り返し行っています。
動物への性的虐待は私たちの社会にすっかり根付いていて、遺伝子の組み換え操作や強制妊娠のための人工受精、繰り返し行われるレイプと子供の虐待が、畜産 と分類されているのです。
工場式農場の動物たちには、普通の性行為がゆるされていません。
もっとも制限された動物たちは、同じ種の別の性別の一員を一度も見ることすらありません。
工場式農場で産まれた全ての動物は、人工受精を受けた母親から産まれるのです。
その母親達は、労働者から妊娠するために何度も何度も強引なレイプを受け、妊娠する力が低下した果てには、精肉化されてしまうのです。
精子提供者として選ばれた雄は、利用されて乱暴に扱われ、絶え間ないフラストレーションとともに生き、最後には雌と同様に食肉用に殺されるのです。
例を挙げれば、精子提供のために選ばれた雄の豚は、農場労働者によって睾丸やベニス、包皮をこすられ、マッサージされる事で、射精するまで縛られ制されるのです。
農場労働者は動物のベニスをつかみ、プラスチック製の収集パイプに狙いを定めます。
そのような行為は、暴力的で粗野で動物を侮辱するものであり、この仕事によって報酬を得る農場労働者にとっては非人間的な事でもあるのです。動物への日常的な性的虐待法は、私たちが自然や生命の奇跡や美からどれだけかけ離されているかを表しています。
肉を食べるという行為は、フェミニスト的な問題としても捉える事ができます。
私たちが女性の権利を信じるのであれば、雌の動物たちが牛乳や卵、そしてその子供を搾取される方法を、大目に見たり支持する事などできないはずです。
工場式農場の動物は、搾取しやすくたくさんの子供を産み、乳を提供するということで大半が雌なのです。
これは農業の歴史上でも同じことなのです。
この社会は
女性(母なる自然)
の搾取に基づいていて、肉や卵、乳製品を食べる事は、私たちの必須とされる部分に他なりません。女性が平等に扱われるべきと感じるのであれば、女性たちの解放の望みを、人種や宗教、種に関係なく、全ての女性に対して持つべきです。
ヨガは、他人に対して行うことは、最終的には自分に対しておこなうようになるということを教えてくれます。
他の種の女性の権利を尊敬できずに、どのように人間の女性の解放を望めるのでしょうか?
それでは、現代の酪農牛たちに何が起きてるのかを調べてみましょう。
牛乳は、酪農施設内にあるコンクリート床の小さな小屋に住み、太陽を浴びたことも、大地の土や芝生を踏んだこともありません。
その乳牛はまだ1歳にもなっていませんが、首を鎖で縛られたままの状態で、数時間前に最初の子牛を産んだばかりです。
横になろうと試みても簡単にはいかず、そうすればするほで元の姿勢に戻るのが難しくなるばかりです。
子牛がすぐそばにいるのをわかっていても、鎖の存在が子牛に近づくことを困難なものにしています。子牛が授乳されるのはそう長くなく、ほんの少しの時間だけです。
すぐに農場の人がやってきて、子牛を母親のもとから連れ去って行きます。
その人は母親に向かって残酷な言葉を大声でがなりたてるのです。母親は首を回して一体自分に何が起きているのかを探ろうと試みますが、どうしても鎖が邪魔をしています。その母親は泣いている子牛に向かって泣き叫ぶのです。
それからしばらくすると、生まれたばかりの子牛の鳴き声も聞こえなくなります。その子は"子牛施設"へと運ばれ、鳴き声も母牛に聞こえる範囲から遠くなってしまいました。牛舎に残された母牛の乳首からは乳が垂れ落ちています。
現在牛乳絞り機は、機械的に母牛の乳首を締め付け、本来であれば子牛に与えらはれるはずの生命力を吸い上げ、空っぽにしてしまいます。
その機械的はその後も1日二回、さらにほぼ毎日同じ事を繰り返し行います。母牛は泣きながら自分の子牛に何が起こったのかを必死になって知りたがります。その牛は何週間も悲しみを感じながら意気消沈した日々を送るのです。
そのあとすぐに農場の人が母牛のいる牛舎に戻ってきます。その牛は人工的に授精させるために鎖に縛られ、身動きも出来ずに無防備状態となっています。
子牛を産み、そして奪われ、機械によって過度に牛乳を絞られた末、今からレイプされるところなのです。農場の人は、まず自分の手を肘のところまで母牛のの膣内に入れて開き、子宮の位置をあらかじめ見つけておきます。その後、長いステンレス製の人工授精用の注射器を持ち込み、その牛の膣の中に精子を注入するのです。これにより、授乳期でありながらも妊娠するのです。牛がミルクを生産するためには、妊娠しているか授乳期である必要があり、現代においてはミルクを生産出来ることが雌牛の生存理由となっているのです。雌牛は工場式農場という収容所の中で、牛乳生産機械か奴隷として考えてられています。
1940年に、アメリカでは一般的な乳牛は毎年2トンのミルクを生産していました。現在、乳牛は人工授精や遺伝子工学、抗生物質や成長ホルモンと格安の栄養強化された餌のおかげで、毎年10トンものミルクを生産しています。牛がそれだけの量のミルクを生産する事は不自然であり、抜本的な手段が必要となります。牛は本来は、植物だけ食べるヴィーガンですが、利益を生むだけの量のミルクを生産できるようになるため、強制的に他の動物の肉が与えられるのです。現代の農場では、鶏、七面鳥、牛、豚、ヤギに栄養強化された資料を与える事は、共通して行われています。強化飼料は、遺伝子組み換えされたトウモロコシや大豆、オート麦、または小麦に、殺された動物の引き裂かれた残りの肉を混ぜて作られます。引き裂かれた肉には、農場で育てられた動物たち(鶏、七面鳥、豚、羊、ヤギや牛)の体の一部だけでなく、動物実験、動物園、学校、動物保護センター、サーカス、販売目的に子犬や猫を育てる施設で死んだ動物や事故死した動物、そして魚までもが含まれているのです。FDA(アメリカ食品薬品局)は、狂牛病の京劇な発生以来、牛に与える餌に他の牛の肉は入っていないと言いながら、強化食品には牛の脳や脊髄が含まれているのです。
牛舎で首に鎖が付けられたまま、毎日のようにコンクリート床に立っている以外は何もする事のない妊娠した乳牛は、ミルクが出なくなる出産二ヶ月前になるまで、毎日何度もミルクを絞り機に搾られることを我慢します。その場にただ立っているだけでも、その牛の体はミルクを作ると同時に子宮の中の子どもを養うために懸命に働くのです。その牛が使い果たすエネルギーは 、人間が毎日六時間のジョギングを行うことに等しいと言われています。しかし、この乳牛は動けないために何の運動も出来ず、いっぱいになって重く膨れ上がり痛ましくなった乳房はコンクリートの床に垂れ落ちます。ミルク絞り機は時々乳房に切り傷を作り、ズキズキした痛みの原因になり、時には電気ショックを与えて牛が持続的に不安と 恐怖を感じるようにするのです。
その乳牛は4歳になるまで毎年妊娠させられます。その歳になるとその牛は肉体的にも感情的にも弱ってしまっていて、ミルクの生産量も目に見えて衰え、ミルク絞り機のラインから外れる予定を立てられます。
農場の人が到着し、その牛の人生で初めて牛舎の鎖から解放されます。農場の人は乱暴にその牛を押して連れ出そうとします。初めてのことに牛は怯えて混乱し、 足はとても痛むのです。それでも作業員は牛を強制的に歩かせます。一度も歩いた経験がない牛は、自分が一体何をすればいいのか見当も付きません。私手荒くら押し出され、電気ショックを与える装置で牛を急がすことで、なんとか牛舎から外に出られるようになります。
このことは、四年間同じ牛舎にいた他の牛たちにも起きることです。
そして、すべての牛たちは大型トラックに乗せられます。その牛たちは、太陽の日差しというものをそれまで見たこともありません。自分たちがいた「ミルク生産施設」の牛舎以外は何も見たことが無いのです。牛たちは、世界が暗くなり、再び明るくなるまでの長い時間を移動していきます。
トラックが停車し、ドアが開けられると再び人の力で押されて引っ張られ、牛たちをトラックから降ろします。牛たちは同胞の悲鳴を耳にし、血の臭いを嗅いで恐怖を感じます。牛たちが恐怖を感じれば感じるほど、牛を扱っている人は早く動かすためにさらに暴力的で気が短くなり、彼らを引いたり蹴ったりするのです。中には力が尽きて倒れてしまう牛もいます。牛を扱う人は倒れた牛を立たせ、再び歩かせるために、蹴ったり電気ショック棒を使用するのです。それが上手くいかない時は、水が出るホースを鼻に当て無理やし立たせてからトサツ場へ歩かせます。
その雌牛はどうにかして新しいビルに入っていきます。彼女は何となくその場所から死の予感を感じとるのです。逃げる事はできず、以前と同じく体を動かし回すこともできません。
労働者が鉄製の小さな弾丸を彼女の頭部に撃とうとして牛が動いてしまい、弾丸は左の眼球に当たってしまいます。彼女の重たい体は片足に足かせをかけられた状態で引っ張られ、空中にぶら下げられます。彼女は苦痛と恐怖を目の当たりにするのです。泣き叫んでも誰も聞いている人などいません。よく切れる、最悪の場合は切れ味の悪い包丁を持った男が彼女の喉を切り裂き、ぱっくり開いたその傷に自分のてを突っ込んで気管を引っぱり出します。彼女は逃れようともがきます。自覚があって意識を保っているけれども、彼女を助けてくれる人など誰もいないのです。逆さまに吊され、死に至るまで血を流し続けます。次に別の男が彼女の手足を切断し始めます。男たちが彼女のお腹を裂くと、子宮の中にいた子牛が殺戮の床に落ちてきます。
かつては「ミルクマシーン」として扱われていた彼女の体は、今や食用肉となり果て、ついにはファーストフード店の安いハンバーガー肉になろうとしています。彼女のお腹にいた子牛はどうなったのでしょう?
子牛の皮は剥がされ、子牛の柔らかい皮は「なめし革」としてうられます。
一部抜粋
パタンジャリ氏は、健康と活力はブラーマチャーリャを確立させた人、すなわち敬意をもって性的な扱いをする人に訪れるものであると明確に話してくれています。
もし健康になりたければ、まず私たちが食べている動物たちにもたらしている苦痛や病気、不健全についてよく考えるべきなのです。私たちは他の生き物に対してたくさんの病気の原因を作りながら、自分たちの健康を要求することが本当に可能なのでしょうか?
一部抜粋
ヨガ&ベジタリアニズム
スピリチュアル・ダイエット
悟りへの食
シャロン・ギャロン
~以上、ほのかさんのブログから転載させて頂きありがとうございました。~
◎家畜も痛み、苦しみ、恐怖を感じる命在る動物という事実。
◎人間は食物連鎖の頂点ではない事実。
(歯の構造から草食動物として創られています。)
◎地球温暖化の一番の原因は家畜のメタンガスによるという事実。
◎家畜に与える穀物があれば途上国の人々の飢餓がこの世からなくなるという事実。
◎動物性脂肪でしかガン細胞は成長しないという事実。
◎スピリチュアリズムとヨガの教えに合致した見解。(虐待という負のカルマが自分に返る)
これらの事実を知っても
それでも食べるという方は
どうぞご自由になさって下さい。
私には止める権利も強制もできませんしするつもりもありません。
負のカルマから痛み、苦しみのリスクを抱えて学ぶ事を選択されるのは本人の自由ですから。
あなたはまだ、
お肉を食べたいと思いますか?