息子の卒業式卒業証書でした。


ということで、お決まりの「君が代」斉唱。


ところが というか、案の定というか

歌っているのは私と前の校長先生だけ。


正直言って、沖縄で「君が代」を歌うのは勇気がいります。


今はあまり聞かなくなったけど、内地だって

日の丸、君が代は、国旗・国歌じゃないっていう論争があったし・・。


主人なんかもそうだけど、

君が代は天皇を歌った歌だから、国歌じゃないなんて・・。


私に言わせれば、「いったいあなたはいつの時代の人なの?」

「いつから、あなたの思考は停止してるの?」って感じ。


理屈で返せば、国民に主権が代わった段階で「君が代」の「君」は

私達、国民のことだと思う。


そして私にとっての「君」は、今日旅立ちの時を迎えた息子や子供達だから

堂々と「君が代」を歌いました。


「君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」


私は、これからの世代、 絶えることなく脈々と続く 若い世代の繁栄と幸せを願って

君が代を歌います。 私にとって「君が代」は、若い世代に送るエールのようなものだと思っています。


ところが今日の卒業式で、子供達は「君が代」を歌えませんでした。


「歌わない」のではなく「歌えない」のです。


息子に「何で“君が代”を歌わなかったの?」と聞くと

「えっ!? “君が代”ってなに? 習ってないけど。」

「え~かお、“君が代”知らないのぉ~!! 国歌なのにー!!」

「知らないよ!!聞いたことないのにー顔!!」

「うそでしょええ!!!!」

「うそじゃないよ顔。習ってないのに・・。」

「・・・Queenly


うそでしょ・・汗。 歌えなくてもせめて、国歌の名前くらい知っててよ泣


確かに、私の子供の時だって音楽の時間に教えてもらった記憶はないけど

まわりの大人はちゃんと歌ってたし、なんとな~く一緒に歌ってるうちに歌えるようになったっていうか・・。

歌えないの、恥ずかしかったもんな~。


うちの学校の子供達は、「君が代」を聞く機会がないんだろ~な~。

内地はどうか知らないけど、うちの学校は日の丸も君が代も

故意に子供達から遠ざけてるふしがあるもんな~。


でも、それって間違ってると思う。

私だって、子供の時は「君が代」なんて暗くて嫌いだと思って歌わなかったこともあったけど

「歌わない」のと「歌えない」のじゃ、まったく意味が違うもん。


大人の都合を子供達に押し付けるのは、教育じゃ~なくて 単なる操作でしょ。

教育っていうのは、ものの良し悪しを判断できる教養を身につけるってことだと思うから

まずは教えないと・・。

知っていないと良いも悪いも考えられないんだから

知らなくて歌えないなんて、お話にならないでしょ。


まったくも~、先生方は子供達をどこへ導こうとしてるのかね~はぁ・・・?????


そうそう、「君が代」を歌ってて思ったんだけど

「君が代」って、胸を張って堂々と歌わないと歌えないんだよね。

中途半端だと、声が裏返ったりして みっともないというか・・。


詩は、とってもシンプルなのに

それを歌うには、信念みたいなものがいるなんて かっこよくない?っていうのが

今日の私の結論。


意見はいろいろあるだろうけど、それでいいんじゃないかな。

100人いたら、100通りの考えがあって当たり前だし 意見だって変わるし。

大切なのは自分で考えるってことでしょ~。

そのための教育なんだから。


さ~て、次は入学式桜

元気に「君が代」を歌うぞーオーッ!