今日で娘も10才になりました
。
はやいな~。もう10年
たっちゃったんだ
。
思い出すな~。予定日より1週間 早く生まれて。
あの時はホントに大変
でした。
陣痛っていうより、お腹が引き裂かれるほど痛くて
このままじゃ死んじゃう
って本気で思ったもん。
誰か呼ぼうにも、痛みで身動きがとれなくて
這って、ばあちゃんの寝てる部屋
まで行って(里帰り出産だったので)。
でも、ばあちゃん なかなか起きてくれないし
、寝ぼけて全然話しにならんし
、散々だったな~
。
出産した次の日には、赤ちゃんが病室
に来るはずなのに来ないし。
二日たっても来なかった。おっかし~な
と思っていたらやっと来て
ずっと寝たきりでミルクも飲んでくれないし
。
そうそう、母乳を飲ませようとしたら
「この子は吸う力が弱いからミルクを飲ませて下さい」って看護婦さん
に言われたんだっけ。
でも全然飲んでくれなくて 「お母さん、二人育ててるんですよね?」なんて言われちゃうし
。
私だってこんなに飲まない子は初めてだっつーのっ![]()
っで、子供が目
を開けたときに気付いたんだよね。・・・ダウン症だって。目の前が真っ暗になったよ。
でも、院長先生がとってもいい人で、ダウン症の事を詳しく教えて
くれて
「とにかく、この病院を出たら役所
に行きなさい。こういう子供達を訓練してくれるところがあるから。
早ければ早いほど良い。かならず伸びるから
」って。
でも、退院の時は悲惨だった
。
待てど暮らせど誰も迎えに来ないんだよ
。
弟が迎えに来るはずだったのに、電話
したら「まだ寝てる」とか言ってるし![]()
。
看護婦さんからは”かわいそうに。お迎えが来ないの?”みたいな目で見られちゃうし。・・とほっ
。
なんか、あの時は世界中が敵
に見えちゃって
”ダウン症だから迎えにこないんだろ”なんて思っちゃったり、被害妄想の塊だったな
。
タクシーに乗ったら、
運転手さんが「おめでとう
」って言ってくれたけど
私、喜べなくて「この子、障害があるから
」って言ったんだよね。
運転手さんは「大丈夫。私の親戚にも障害のある子はいるけど元気だよ。今は医療が発達してるから」って
励ましてくれたけど、涙
らえるので精一杯で何も言えなかったのを覚えてる。
子供も、本当はあと一週間、病院
で預かるというのを
無理に連れて帰ってきたんだよね。
預けたら、子供に愛情が持てない
ような気がして。
実際、一緒に帰ってきても”何でこの子が私の子なんだろう
”とか思っちゃって。
そんな時だったな、長女
が「この赤ちゃん、かわいいね
」って言ったのは。
それでも私は「何でかわいいなんて言えるんだろう?」な~んて思ってたけど
。
染色体検査
の結果が出るまで一ヶ月。実際には二ヶ月程待たされたけど
その間、ずっと「ダウン症じゃ~ありませんように」って祈ってた
。
本当はダウン症だってわかってるのに、信じたくなかったんだよね
。
結果が出て「ダウン症じゃーありませんでした。間違いでした」っていう言葉を聞きたかったのに
やっぱり、ダウン症だった
。
でも、私は周りの人に恵まれていたから良かったみたい。
友達に「ダウン症だったんだ
」って言ったら
「うっそーっ!!よかったじゃん
」って Σ(・ω・ノ)ノ!言われた。
そこ 喜ぶところ??????
ダウン症だよ ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ。 普通「大丈夫?」とかなんじゃないの![]()
職場の先輩にも言ってみた。
そしたら 「ほんとー
ダウン症の子って かわいい~んだよね~![]()
」だって。
マジ~!!!!!? そういう反応なの Σ(・ω・ノ)ノ!?
正直、びっくり Σ(~∀~||;) した。
ま~そんなこんなで私の療育生活がスタートしたわけだけど。
10年たってみて、いや~強く
なりました。
母は強しって、ホントだね
。