どうも、サトケンです。
前回の記事では、
・心と体には密接な関係があるから、そのバランスを取る事が重要である。
・人間の意識の力は強力なので、必要悪という考え方で自分を許す事も必要である。
・納得する事で当たり前の基準が変わるので、バランスが取れるようになる。
・バランスの取り方は人それぞれ違う。
という内容でした。
参考記事⇒必要悪とバランスと
今回はバランスを取る為には、具体的に何をすればいいのか?
という事について書いていきます。
まず、一番重要なのは、『知る事』です。
人は知らない事に恐怖を感じます。
「死ぬ」とどうなるのかわからないから怖い訳です。
未来がどうなるかわからないから不安になる訳です。
食べ物に関しても同じです。
前回と同様、砂糖で例えると、
砂糖にはどんな害があるか、その詳細を知らないから怖い訳です。
「なんとなく体に悪いとは思っているけど、実際そんなやばいの?」と、半信半疑なんです。
知らないから迷うんですね。
体に悪そうだから控えようとしても、ちょっとくらいならいいんじゃないか?とか思ってしまう。
でもわからないから、恐る恐る、罪悪感を感じながら食べてしまう。
死ぬ事や未来は、実際に死んでしまうか、未来になるまではわかりません。
だから、恐れや不安はなくなる事はありません。
でも、食べ物に関しては、知る事ができます。
今は様々な事が解明されていますので、調べたらわかるんです。
自分で調べるか、あるいは人に聞くかすると、そのものについて知る事ができます。
知る事で何が変わるのか?と言えば、
対策が立てれます。
例えば、砂糖ってこういうものなんだなと知る事ができれば、
・じゃあ、常食は控えよう
・でも、たまに遊びに行った時は食べてもいい事にしよう
・食べた次の日はデトックスに気を配ろう
こんな感じで対応策が考えられる訳です。
逆に知らなければ、ある種盲信的に信じるだけで、自分のしている事が正しいのかわからない。
頑なに否定したり、敵視したりして、自分を正当化しようとします。
でも、知らないから、どこかに不安を感じている訳ですね。
だからこそ、知る事で解決できるんです。
対応策がイコール、バランスです。
先程挙げた例が、そのまま自分の心とのバランスの取り方になります。
知る事で、納得し、自分なりの付き合い方ができるんですね。
もちろん全てを完全に知る事はできません。
そもそも論として、食べ物単一の体との因果関係を証明するのは難しいんですね。
食べ方や食べ合わせ、人の生活スタイル等々、様々な要因があって、結果が現れますから、一概には証明できないわけです。
だから、正しいか正しくないかは自分で決めるしかないんです。
正しいという表現自体が間違っていて、自分が納得できるかどうかで考えるべきです。
ちなみに、僕が食について知っているのか?と聞かれれば、それほど詳しくはありません。
むしろ知らない部類だと思います。
それでも、僕が必要だと感じた事は調べるし、今の自分の知識を総動員して、納得できる選択をしています。
そうする事で、心とのバランスを保っています。
先程、砂糖の例で挙げたのは、僕の例でもあります。
砂糖は常食はしないし、コンビニなどで売っている市販のお菓子やジュースは基本的に、自ら買って食べる事はありません。
でも、どこかに出かけた時は、その土地の名物やソフトクリームも食べるし、ご飯を食べに行った時は出されたものは美味しく頂くし、お菓子などを頂いた時も美味しく頂く事にしています。
でも、食べ過ぎてしまったな、と感じる時は、少し食事制限をしたりして、デトックスを心がけます。
これが正しいのかはわかりませんが、僕はこうしてバランスを保っているんです。
もっと突き詰めて調べていく人は、砂糖なんて一切必要ない、という確信を持つ人もいます。
そういう人は砂糖は必要ないという事に納得し、一切摂らないという事が当たり前に感じられる訳です。
だから、一切摂らない事でバランスを保っています。
要するに、自分がどこで納得できるか?です。
納得する事で、心との折り合いをつける事ができます。
どこで納得するかっていうのは、人それぞれ違いますよね?
だから、バランスっていうのは、自分で選択して保っていくものなんですね。
他人には決められない。
心が苦しいと感じるならば、どちらかに偏っている証拠です。
なぜ苦しいのかを考え、必要な事を調べたり、実践したりして、ちょうど良いところを探してください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
前回の記事では、
・心と体には密接な関係があるから、そのバランスを取る事が重要である。
・人間の意識の力は強力なので、必要悪という考え方で自分を許す事も必要である。
・納得する事で当たり前の基準が変わるので、バランスが取れるようになる。
・バランスの取り方は人それぞれ違う。
という内容でした。
参考記事⇒必要悪とバランスと
今回はバランスを取る為には、具体的に何をすればいいのか?
という事について書いていきます。
まず、一番重要なのは、『知る事』です。
人は知らない事に恐怖を感じます。
「死ぬ」とどうなるのかわからないから怖い訳です。
未来がどうなるかわからないから不安になる訳です。
食べ物に関しても同じです。
前回と同様、砂糖で例えると、
砂糖にはどんな害があるか、その詳細を知らないから怖い訳です。
「なんとなく体に悪いとは思っているけど、実際そんなやばいの?」と、半信半疑なんです。
知らないから迷うんですね。
体に悪そうだから控えようとしても、ちょっとくらいならいいんじゃないか?とか思ってしまう。
でもわからないから、恐る恐る、罪悪感を感じながら食べてしまう。
死ぬ事や未来は、実際に死んでしまうか、未来になるまではわかりません。
だから、恐れや不安はなくなる事はありません。
でも、食べ物に関しては、知る事ができます。
今は様々な事が解明されていますので、調べたらわかるんです。
自分で調べるか、あるいは人に聞くかすると、そのものについて知る事ができます。
知る事で何が変わるのか?と言えば、
対策が立てれます。
例えば、砂糖ってこういうものなんだなと知る事ができれば、
・じゃあ、常食は控えよう
・でも、たまに遊びに行った時は食べてもいい事にしよう
・食べた次の日はデトックスに気を配ろう
こんな感じで対応策が考えられる訳です。
逆に知らなければ、ある種盲信的に信じるだけで、自分のしている事が正しいのかわからない。
頑なに否定したり、敵視したりして、自分を正当化しようとします。
でも、知らないから、どこかに不安を感じている訳ですね。
だからこそ、知る事で解決できるんです。
対応策がイコール、バランスです。
先程挙げた例が、そのまま自分の心とのバランスの取り方になります。
知る事で、納得し、自分なりの付き合い方ができるんですね。
もちろん全てを完全に知る事はできません。
そもそも論として、食べ物単一の体との因果関係を証明するのは難しいんですね。
食べ方や食べ合わせ、人の生活スタイル等々、様々な要因があって、結果が現れますから、一概には証明できないわけです。
だから、正しいか正しくないかは自分で決めるしかないんです。
正しいという表現自体が間違っていて、自分が納得できるかどうかで考えるべきです。
ちなみに、僕が食について知っているのか?と聞かれれば、それほど詳しくはありません。
むしろ知らない部類だと思います。
それでも、僕が必要だと感じた事は調べるし、今の自分の知識を総動員して、納得できる選択をしています。
そうする事で、心とのバランスを保っています。
先程、砂糖の例で挙げたのは、僕の例でもあります。
砂糖は常食はしないし、コンビニなどで売っている市販のお菓子やジュースは基本的に、自ら買って食べる事はありません。
でも、どこかに出かけた時は、その土地の名物やソフトクリームも食べるし、ご飯を食べに行った時は出されたものは美味しく頂くし、お菓子などを頂いた時も美味しく頂く事にしています。
でも、食べ過ぎてしまったな、と感じる時は、少し食事制限をしたりして、デトックスを心がけます。
これが正しいのかはわかりませんが、僕はこうしてバランスを保っているんです。
もっと突き詰めて調べていく人は、砂糖なんて一切必要ない、という確信を持つ人もいます。
そういう人は砂糖は必要ないという事に納得し、一切摂らないという事が当たり前に感じられる訳です。
だから、一切摂らない事でバランスを保っています。
要するに、自分がどこで納得できるか?です。
納得する事で、心との折り合いをつける事ができます。
どこで納得するかっていうのは、人それぞれ違いますよね?
だから、バランスっていうのは、自分で選択して保っていくものなんですね。
他人には決められない。
心が苦しいと感じるならば、どちらかに偏っている証拠です。
なぜ苦しいのかを考え、必要な事を調べたり、実践したりして、ちょうど良いところを探してください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。