その後も、京都の町を歩き続けています。歩き始めるとすぐ20kmくらいは歩いてしまいます。また歩けば何か新しいことを発見します。


歩いて気が付くことの一つは、平安京当時の建物や遺産は非常に少ないということです。京都の町は、太平洋戦争の戦禍を免れ平安京時代の建物が多いのだという気がしますが、決してそうではないのです。確かに、太平洋戦争の戦禍のなかったかもしれませんが、内戦の戦禍が非常に大きかったのです。内戦の中で、古くは応仁の乱ですし、近くは明治維新での蛤御門の変です。これらの影響は想像を絶するほど大きなものがあったようです。また大火にも何回かあったようで、京都の町は火の海になったこともあるようです。



したがって、名刹を訪問しても建設当時の姿で残っているのは少ないのです。先日も世界遺産に指定されている天龍寺を訪問しましたが、以前は大伽藍だったようですが蛤御門の変で大半が焼失してしまいました。そして、現在の伽藍は明治時代後期以降に作られたものがほとんどです。しかし、嵐山と亀山を借景にした、夢想疎石作庭の曹源池庭園は素晴らしいものがあり、さすがに世界遺産だと感じることができました。


天龍寺だけでなく多くの名刹も同じような戦禍を受けていますが、醍醐寺の五重塔は地震の影響を受けたのですが、今も平安時代につくられた数少ない建築物として素晴らしい姿で私たちを圧倒します。


先日も白峯神宮という神社に行って来ました。この神社は陰陽師で有名は晴明神社すぐ近くにあります。創建は明治時代で新しい神社です。祭神は崇徳天皇と淳仁天皇です。この二人の天皇は保元の乱や承久の乱の敗れ、四国には配流されたのです。しかし、その後その御霊を恐れて四国に神社が作られ祀られていました。しかし、明治天皇の指示で新たに京都に新たな神社が作られたのです。御霊信仰が最近まで生き続けていたというのも驚きですし、神社の祭神にもいろんな類型があるのも興味深いものです。


ちなみに、白峯神宮の旧地は蹴鞠や連歌で有名な飛鳥井家があったところだそうです。その縁か、現在はサーカーなど球技を中心にしたスポーツの守護神と言われて、Jリーグなど多くのスポーツ選手からボールなどが奉納されています。



祭神が御霊にゆかりの天皇で、サッカー選手に愛されているのもなかなか面白いと思いました。


これからもまた京都の町を歩いてみたいと思っています。