ゴールデンウイーク明け早速にコーヒーブレイクとは如何かとは思いますが‥お許しを。
前回のコーヒーブレイクでも京都の町を歩いていることを書きましたが、今回も京都の町を歩いての感想を書きます。しかし、最後は少々ビジネスにも関係した落ちになります。
私はゴールデンウイークの一日、千本閻魔堂(正式名称:引接寺)に行ってきました。この寺には以前にも行ったことがあります。今回の目的は京都の三大念仏狂言の、えんま堂大念仏狂言を観劇するためです。最初少し観て、他にも行くつもりだったのですが、結局予想以上に面白かったので昼の部3H観ました。(少し遅れたので全部は観れませんでした。)
ここの狂言は、他の2か所とは異なり有言なので、わかりやすく子供にも親しめる「したきり雀」や「でんでんむし」も演じられ小さな子供がゲラゲラ笑っているのが印象的でした。全部で六演目あり、私はその中でも有名な「土蜘蛛」は非常に素晴らしかったと感じました。狂言は仮面をつけて、演じられるのですが無表情でありながら何とも言えない力があると思いました。私は、ずうつと仮面を中心に観ていました。日常生活の中で顔の表情が人に与える影響はすごいのだなあと思いました。
千本閻魔堂は、閻魔様が祀られていますが、何とも言えず親しみのもてる仏様です。閻魔様に親しみを持つのも変な話ですが。この御堂がある土地は、昔京都の葬送の土地の1つである蓮台野の入口にあり、閻魔様と縁が深いのだと感じます。
実はこの御堂に行く前に、何十年か振りに広隆寺の有名な弥勒菩薩半跏思惟像(国宝指定の仏像第一号)に会ってきました。ここの仏様はスリムで優しいスタイルでしたが、閻魔様は正反対の仏様でした。不思議なもので人間は両方の仏様を拝むという不思議な存在です。これも人間の精神の複雑さを反映しているのでしょうか。
えんま堂大念仏狂言も無形なものですが、歴史を感じさせてくれるものです。京都を巡ると寺社仏閣や名所旧跡などのように有形のものもありますが、無形なものに触れるのも楽しいことです。
仏教用語に「他力本願」という言葉があります。この言葉を聞くと、自分は努力しないで人にばかり頼るというネガティブな印象を受けます。しかし、この言葉はそのようなネガティブな意味を指しているのではありません。
世の中には、自分が何事にも全力で取り組むのは当然ですが、それでもどうしょうもないこともあるのです。その時は、仏様を拝むとか天命を待つという心境になります。どれだけ頑張っても、本来人間は無力な存在と考えざるを得ない面があります。
たとえば大きな仕事を行う場合、他人の力を借りないと達成できないことが多いとき、人に助けられていると感じます。オリンピックのメダル獲得選手が、インタビューで「いろんな人に助けられてメダルが取れた。」というようなことを話します。これは、全力を尽くし一人で頑張っても限りがあることを知っているのだと思います。このように、一所懸命頑張った人ほど、真の「他力本願」の意味や必要性を肌身で感じているのだと思います。
私は、ビジネスの世界でも大きな仕事を成し遂げようと思えば思うほど、自分は全力で取り組みつつ、他人の力を頼る(活用する)ことが必要だと思います。その意味で、ビジネスの世界でも他力本願を正しく理解して活用することが不可欠です。