O社で最初に「共同経営型シェアードサービス」を推進させていただいたA社との出会いは突然のことでした。
その出会いは、O社が開催したセミナーの場でした。
当時O社は頻繁にセミナーを開催していました。どのセミナーも多くの企業が参加していただいて、受講希望者が一回で入場できず追加開催することもありました。セミナーには、新たにシェアードサービスを導入したいとの希望を持っている企業だけでなく、導入が一段落して新たな改革をめざしたいとの企業なども参加されていました。
A社との出会いの契機になったセミナーは私自身が1H程度の話をしたのでした。
セミナーの終了の翌日のことでした。セミナーの受講をされたA社から「詳しい話を聞きたい。」との電話がかかってきました。早速電話を受けて、営業担当者がA社にお伺いして、セミナーを受講した頂いたIさん(経営企画部門の責任者)などから状況をお聞きしました。A社の抱えている課題も聞くことができました。
A社は、人事・総務・保養所などの資産管理などを集約してシェアードサービスに近い子会社(B社)を既に保有していました。しかし、本社部門を切り離しそのコストを全て保証するような事務センター的な会社で、シェアードサービスとは言い難い会社でした。そのため、なかなかコスト構造にメスが入らないものでした。そこでAとしてはB社の抜本的な改革が大きな課題になっていました。
A社の課題を受け、O社はA社に対してB社のシェアードサービス化(商品メニュー化・原価管理の仕組み導入など)の提案をしたのでした。A社の担当役員・Iさん・B社の社長の前で提案内容を説明して、その感触もよいものでした。したがって、提案内容でA社から受注できるような印象を持ちました。
説明の最後に、Iさんから質問を受けました。Iさんからの質問は「参考までに聞きたいのですが、O社はB社に出資できますか?」とのものでした。
突然の質問だったのですが、私は「可能性あります。」と即答しました。
即答は、アウトソーシング事業の苦境を払しょくするためにシェアードサービス会社を丸ごと引き受けるとのイメージを持っていたことでできたのでした。当日は、それ以上の話もなく「参考までに聞きたい。」とのことでしたので、当初の提案内容で決着するとの思いで帰社したのでした。
提案の説明から数日たった頃、再びIさんから電話がかかってきました。その電話内容は「先日お聞きしたO社の出資の具体的なスキームを作って説明してほしい。」というものでした。参考にしては熱心だと思いながら、私の頭の中に温めているスキームを数枚の資料でまとめ、A社を訪問してIさんに説明したのでした。
それから間もなく、Iさんから電話があり「A社としては先日説明を受けたO社からB社への出資形態で進めたい。」との意外な話でした。
この過程を通じ、事業は、顧客の課題を先読みして新たな対応策を描いていないとだめだと感じました。またそのことが、顧客からの突然の質問へも応えられるものだとも感じました。まさにサービス業は「待ったなし」だと感じました。Iさんの突然の出資に関する質問に対して、私が逡巡したとすれば「共同経営型シェアードサービス」は日の目をみなかったと思います。また事業の醍醐味をA社は私に教えてくれたのでした。その意味でA社とIさんには本当に感謝しています。
余談ですが、その後のA社の付き合いの中でIさんは寡黙・論理的・人情にも篤い人でした。寡黙な人の一言は本当に重いものがあることも実感しました。
次回も続きを書きます。