久しぶりのコーヒーブレークです。



私は長い間京都でサラリーマン生活をしていました。しかし最近、京都の事は表面でしか理解していなかったことを思い知らされています。サラリーマン時代はいかに仕事中心であったかということの裏返しかもしれません。最近スローライフをして、京都市内をウォーキングなどでうろうろして、京都を知らなかったことに気が付いたからかもしれません。


恥ずかしながら私の今までの京都に対するイメージは、建物や町並みは変わったとしても平安京の姿が基本的には維持されているという認識しかありませんでした。しかし、京都市内を歩いてみますと平安時代から残っている建物はほとんどありません。逆に豊臣秀吉の影響が大きいことに気が付きます。



例えば、徳川家康がいちゃもんをつけ大坂の陣の契機になった鐘のある方広寺という寺があります。実はこの寺に大きな大仏殿を作ったのです。しかし、度重なる火災などで現在はありません。正面通という通りが京都にはあります。この通りは実は方広寺の大仏殿の正面に通じる道だったのです。


また、菅原道真で有名な北野天満宮に行きますと、御土居の跡が残っています。これは、秀吉が京都の周りを23kmに渡り防御壁で囲ったものです。今はその痕跡はほとんどありませんが、そのわずかな跡が北野天満宮には残っているのです。



京都には寺町通りという通りがあります。実は秀吉は寺院を集めた地区です。これが寺町なのです。同じように、新しい通りを作り短冊形に切り刻んだこともあったようです。


このように秀吉は京都の町を大改造したのです。



よく考えてみると、大徳寺で信長の葬儀・醍醐の花見・聚楽第の建設など秀吉にまつわる行事なども知っていますので、その影響は大きかったことは予想できることではあったのですが‥。


しかし、京都の町をウォーキングしていると平安時代の痕跡はいろいろ見つけることができます。先日も歩いていますと、「白河院跡」「七条仏所跡」「扇塚」を見つけました。確実にその跡は残っているのです。平安時代に思いを馳せるには、歩くのに限ります。


京都の町は歩くのに限ります。渋滞もありませんし‥皆さんも京都に来られるときはぜひ歩いてください。