O社では、最初のコンサルティング対応に続いて更に1社からコンサルティングの要請がありました。最初の企業も2社目も上場会社でした。当時は、「シェアードサービス」と言う言葉も日本ではまだ一般には知られていませんでした。
O社の改革のキーワードは「筋肉質で小さな本社づくり」でしたが、世の中の企業に斬新的な改革として受け取られたことに驚かせられました。
そして、バブル経済の崩壊を受けて間接部門の改革に関する他の企業のニーズの高さも再認識したのです。
当時O社では、親会社のシェアードサービス推進の一段落感と外販の行き詰まりを感じていた時期でした。そこで、2社からのコンサルティング対応を受け、本格的に外販に特化した部門を新たに組織化することにしたのです。
従来は、人事・総務・経理など機能ごとに事業部としていた組織でしたが、外販に特化した部門を新設したのです。また、グループ企業向けシェアードサービスはまだ推進途上だったので外販部門に含めることにしました。そしてこの新たな外販専門部門をマネジメントサービス事業部としたのです。親会社向けシャアードサービスを対応する機能はマネジメントサービス事業部とは別部門として運営することにしたのです。
マネジメントサービス事業部のサービス(商品)は、2つのサービスを受託することを目指したのです。一つは従来からめざしていた人事や経理業務の受託(=アウトソーシング)です。もう一つはアウトソーシングフェアを契機にニーズが顕在化したシェアードサービスのコンサルティングサービスです。
この2つのサービスの受託を目指して、マネジメントサービス事業部内には事業企画部・営業部・設計部(コンサルティング部)そしてアウトソーシング部(人事総務アウトソーシング部・経理アウトソーシング部など)に編成したのでした。
しかし、2つのサービスとも明確な形があるわけではなく、個別の企業を訪問して商品を売り込んで注文をもらう手法では通じませんでした。顧客の課題を聞きだし、課題に適応できる手法を提示する手法が不可欠だったのです。課題解決型の推進こそが求められていたのです。しかし、現実的にはどこにどんな課題があり、その解決したいという顧客が存在することすらわかりません。
そこで、O社と同じような課題を持ち同じような解決を求める顧客を探すことから始めることにしたのです。このため、多くの企業の中でO社と同じような課題を保有する企業を絞り込むステージを用意することにしました。この場の設定の事を「出会いの設計」と呼びました。そして、具体的な出会い設計の手法としてはアウトソ-シングフェアと同じようにO社の事例発表のセミナーを中心に行ったのです。
続きは次回にします。
10/28(月)は所用のため、次回は10/30に投稿させていただきます。