大阪事業所の経理部門で、業務の集中化の目途が経った頃、確か2年半くらい経ったころでしょうか、今度は東京事業所へ転勤になりました。同時に名古屋事業所の経理部門も兼任することになりました。ちょうど、シェアードサービスがスタートした時です。組織名称も、アカウンティングサービス事業部東京営業所・名古屋営業所になりました。また私もそれぞれの営業所長という位置づけになったのです。このころ世の中は、阪神淡路大震災が起こり、その後オウム真理教のサリン事件が起こったころで、世の中が騒然としていました。大震災では、社員の中には被災した人もいました。神戸からしばらく船に乗って大阪に通勤してくる人もいました。
東京・名古屋への転勤は私にとって皮肉な巡り合わせでした。大阪事業所では業務の移管を受ける立場でしたが、名古屋・東京は移管する立場でした。つまり立場が逆転することになったのでした。特に私が担当することになった東京営業所は、20人以上を抱える大きな拠点で、集中化のインパクトが大きく社員の動揺で職場も混乱していると聞いていたのです。ですから、赴任するまで非常に不安でした。
しかし、赴任して一人一人と話してみるとみんな前向きで意欲的に感じましたしとても混乱しているようには思えませんでした。また一緒に仕事をしてみると大阪に劣らず優秀なメンバーばかりでした。これは、名古屋も同じでした。もし、集中化をプランするとき、東京に在任していたとしたら東京を移管場所にしたと思ったくらいでした。
ちょうど、シェアードサービスがスタートしたこともあり、東京は、新たな業務の受託を考慮して従来と異なる役割を担うとみんなに宣言しました。具体的には、本社から更に業務を受託することや関係会社の経理業務を受託することを話しました。東京のメンバーは、今までのことは気にせず、理にかなったことを言えば合理的に判断してくれました。もっとネガティブに受け取るかと思っていたのですが、これも予想外なことでした。
余談ですが、地域ごとに物事の考え方に少し違いがあるようにも感じました。大阪は、「この人が信用できるなら従っていこう。」というように人を見て判断するように感じました。これに対して、名古屋は、原理原則に忠実のように感じました。たとえば、ルールが決まっているなら、多少不合理な事があってもルールに応じて判断する傾向があるように感じました。
一方、東京は合理的な判断で、ルールが間違っていればルールを変えればよいというような判断を優先するように感じました。もちろん、以上に事は私の主観ですし他の人は異なる捉え方をするでしょうし、個人別の違いがあることなので全員に言えることではないと思います。
いずれにしても、一人一人の状況を掴んでの管理や、みんなに役割をきちんと話すことが大事だということもわかったのでした。
次回も続きを書きます。