業務改革の項でも述べましたが、拠点別に分散している経理業務を一か所に集中化する取り組みを始めたのは、シェアードサービスの導入する少し前でした。



私は、集中化の取り組みを始める前は会社の中で最大の事業部で経理部門にいました。事業部の経理部門では予算策定・予算と実績の差異管理や傘下にある関係会社の指導の担当していました。

そして、その後、管理職になって初めて配属されたのが、大阪の事業所の経理課長でした。大阪事業所の経理では、事業所内の出納や売掛債権管理が仕事の中心でした。20人弱の部下がいて、女性と男性は1:3くらいで女性優先の職場でした。仕事の内容も事業部に比べて、極めて定型的な仕事でした。



女性は、極めて優秀なメンバーばかりでしたし、躾が行き届いていました。朝出社して、席に着くと女性メンバー全員が挨拶に来てくれますし、帰社する際も挨拶に来てくれます。私は、以前このような職場にいたことがないので、本当にびっくりしました。

私の前任の上司が非常に厳しく躾をされていたのだと感じました。

反面、優秀で礼儀正しいメンバーなのに仕事内容は定型的業務に埋もれ、何か管理され過ぎているとも感じました。そこで、能力が高いので、更に質の高い仕事ができるはずだから、やりがいのある仕事をしてもらいたいと思いました。



当時、O社では大阪事業所の経理部門と同じ内容のような業務を拠点ごとに対応をしていました。大きな事業所は名古屋・東京でしたが、日本全国に10か所以上で50人以上のメンバーで対応していました。そこで、大阪の優秀なメンバーで対応する方がベターだし効率化もできると考えました。このことで、大阪のメンバーにももっとやりがいのある仕事ができると思いました。そこで、大阪に集中できないかというプランをまとめ、上司に提言し承認されました。


女性メンバーにも伝えたところ、事の良し悪しは別にして、青天の霹靂だったと思います。「何も知らない上司が何を言うのか。」「そんなこと出来るはずはない。」という顔をしていました。メンバーが思う通り、私は実務を何もわかりませんでした。そこで、リーダーを決めることから始めました。係長クラスをはじめ男性メンバーもいましたが、あえて実務を知っている女性から選ぶことにしました。男性中心になると、女性はやらされ仕事になるということもありますが、女性の推進の中心になってほしいとの気持ちが強かったのです。女性の中でも、優秀だけれど少し控えめで、人望もありみんなが助けようと思う人を選びました。年齢的には一番上ではなく2番目の人でした。リーダーの人選が、後になって成功の要因になりました。



集中化のプロジェクトを始めるにあたって、全国の主な事業所の中心メンバーを集めて合宿をしました。忘れもしません名古屋のある会館でした。ところが、昼間での会議では「そんなことできるはずはない。」「このようなできない事例があるがどのように考えているのか。」と反対の声ばかりでした。特に東京など集中化される事業所では、「自分の仕事がなくなる。」「自分はどうなるのか。」という不安が大きかったので当然のことだったかもしれません。これではいけないとの思いがあり、夜女性メンバーに懇親会に誘いましたが、それも断られると言った険悪な雰囲気になりました。この後、どうなるのかという不安になった会議でした。


次回も続きを書きます。