4月から書いてきましたシェアードサービスに特化したブログも約5ヵ月を経過して、基礎的な内容については一段段落しました。そこで、ここからはシェアードサービス四方山話と称して、私がシェアードサービスを実体験して苦労したこと・失敗したこと・楽しかったことなどを述べていきたいと思います。少し今までよりもスローなペースで、月・水・金曜日に書くことを基本にして続けていきます。引き続いてよろしくお願いします。



私が所属したO社では、改革プロジェクトチームが経営トップの指示を受け「筋肉質で小さな本社の実現」を目的にして、シェアードサービスの導入を答申しました。この答申は従来にない考え方を打ち出したものでした。


この答申を受け当時私が所属していた経理部門でも、管理職以上が検討会議を行いました。その席で、主要メンバーから出てきた声は否定的な内容ばかりでした。「伝統的な組織こそ意味があるのだ。」「庭先を掃除して何の意味があるのだ。(戦略本社とシェアードサービスセンターに機能分割を称して)」など、感情的な反対論が多かったようのことを記憶しています。



経理や人事などの機能自体は、法律に沿って運営することや経営資源を管理する「ひと・もの・かね」を扱う部門が必要な事から、どのような会社ではなくてはならない部門です。そのため経理部門は「守られた部門」「安住の部門」だったのでした。よく言えば、事業部門は金銭感覚が少なく「われわれが会社の金を守っているのだ。」という責任意識が旺盛だったのだと思います。このことは他の間接部門も同じだったと思います。いわば、間接部門はシェアードサービスの考え方は黒船だったのです。


しかし、改革当時管理職の中でも若手であった私にとっては「改革」の必要性は常日頃感じていたことでした。新人以来、本社で財務会計を担当していた数年は、経理の基礎を築くという重要な日々でしたが、それでも毎年毎年繰り返される業務はルーティン的な内容が多いことも感じていました。



その後、事業部門の経理を経験して、本社の経理部門が一層事業から離れた存在であることも感じました。シェアードサービスの導入が答申された当時は、管理職昇進間もないころでした。その当時対応していた部門は、現場部門に一番近い拠点の経理部門でしたが、極めてルーティン的な業務が多くメンバーは本当に頑張って現場部門からも評価されているのにもかかわらず、本社のメンバーからは傍流的な存在だと思われていました。このようなことから「改革」の必要性を感じていたのだと思います。


改革プロジェクトの「あるべき論」、間接部門に根強くある「責任感」(よくいえば)、そして現場に近い部門や若手にある「改革の必要性」の中で、どのように具体的に着地するかO社だけでなく、その後、私が見てきた他の企業でも大きな関心事でした。